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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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乗り込む前に一休みする Ⅰ

 目立たず迅速に移動する、というのにはかなりの体力が要る。その証拠に休みも挟んで旅をしていたはずが、今では異常なほどの疲れを感じていた。でこぼこした道でもないのに、地面を踏む脚は重く、呼吸をする肺が固い。


「はぁ、はぁ……つかれた……」


「私も……ちょっときついわね……」


「さすがにこの旅はちょっと堪えるかな……」


 とぼとぼ歩く王子と王女に牽かれて歩みを進める二頭の馬もはあはあと荒い息を吐き、自分たちの息遣いと重なった。これだけ力強い生き物も疲れを感じることがあるのだと思い知った。

 彼らは素早い移動のためによく働いてくれた。しかし、馬に乗ったことなどまるでないレイシーが背に揺られるのに慣れてしまうほど酷使されていた。自分たちの足として活躍してくれたこの二頭の馬に、レイシーは親近感を抱いていた。


「お疲れ様……頑張ったわね」


「うん、ありがとう」


 グレイルと共に、彼女が牽いている馬の首を優しく撫でると、馬はぶるぶるっと首を振って応えてくれた。


「僕達の体力ももう限界だ。どこかで休む必要があるだろう」


「確か、もうすぐ『巨人の歯型』に出るのよね。そこの近くの村でお休みするのはどう?」


 良い案だ、とヘンデルは頭を縦に振る。その会話の中に聞き慣れない言葉があったので、レイシーは質問してみることにした。


「『巨人の歯型』って何?」


「この王国の北の方にね、地図の上だと、地面が大きく窪んだように見える地形があるのよ。それを巨人の齧り跡になぞらえてそう呼んでるの。そして、そこは海の近くなのよ」


 彼女が地図を出して説明してくれた。なるほど、海に面した陸が齧られたような形に描かれている。


「そうだったんだ。わたし、海を見るのははじめてだから少し楽しみだな。あと、村は海の近くなんだね? 海だしお魚とか美味しいのかな」


「勿論だとも。ゆっくり休んで英気を養おう」


「ほんと!? わたし、がんばる!」


 こんな大変な状況だからこそ、何か楽しみが欲しかった。まだ見ぬご馳走が、レイシーの脚を前へと進ませる。

 疲れた身体に鞭打って、三人は歩き続けた。


 そうして幾らか道を歩いた頃。優しい風が潮の香りを運んできた。それが合図であったかのように、丘の上に村の門が見えてきた。


「さあ、ついたよ!」


 木製の門をくぐり、三人はようやくたどり着いた村へと足を踏み入れた。

 村には、藁ぶきの屋根がたくさん並んでいた。そこに住まう人々は皆のんびりしており、道の端に座って眠っている人すらいた。

 この穏やかな雰囲気に、死地から戻ったレイシー達には、時間すらゆっくり流れているように感じられた。


「兄ちゃん姉ちゃん、どうした? 旅の途中で寄ったのか?」


 肌の浅黒い、鉢巻きを締めた男が笑いながら話しかけてきた。袖の無い服を着ており、筋肉質な腕がむき出しになっている。


「はい。この後少し行くところがありまして、この村をその足掛かりにしようかと思いまして」


「そうかそうか! 俺はこの村の漁師だ。ゆっくり休んでいってくれ」


 その時、まるで漁師に返事をするように、レイシーのお腹がぐるるる、と唸り声をあげた。


「あ……」


「ははは、嬢ちゃん。腹が減ったのかい?」


「は、はい。ここまでの旅で疲れちゃって……」


「そうか、辺鄙なところまでよく来てくれたな。そうだ、ちょっと来てくれねえか? うまいのをご馳走してやるよ」


「それは良いね。だけど、僕たちはちょっとこの村の人たちに挨拶してからご馳走に上がります。馬も繋いでおいてもらわないといけませんし」


「私達の事は気にしないでいいから、レイシーは行ってきたらいいわよ」


「え、わたしだけなんて……」


 その先の言葉をかき消すように、再びお腹がぐるるるると鳴る。周りの三人はにっこりと笑い、決まりが悪くなったレイシーは頭を掻いた。



「わぁ……」


 はじめて海を見て頭に浮かんだ感想は、「大きく、広い」だった。

 目の前にいっぱいに、生きているかのようにうごめく真っ青な平原が広がっている。その色は青空と対比してもなお青く、少女の目に焼き付いた。魚やタコや、無数の生き物がこの中に棲んでいるのだという事前知識も、海を壮大に思わせた。

 ざざーん、ざざーんと無数の白線がすぐ目の前で波打っているのに、耳に届く波音はどこか遠いところから響いたもののような気がする。


「お嬢ちゃん、海は始めてか! 俺達はこの海に出て、魚を捕るのが仕事なんだ。あれが俺達の船だ!」


 彼が指さした方を見ると頑丈そうな桟橋の向こうに、四、五人は楽に乗れそうなほどの大きなボートが何艘も繋がれている。どっしりとした存在感が、何度も漁をこなしてきたという事実を物語っていた。


「もしかして、今から漁に出るの!?」


「連れて行ってやりたい気はするがな、素人が海に出るのは危険なんだ。まあ、海に出られなくても魚は食べられるからな」


 漁師と共に桟橋へ向かうと、彼は置かれていた釣竿を手に取った。


「今から釣りをするからな。ここらならすぐ釣れるから、ちょっとだけ待ってろ」


「はい」


 どうやら釣りたての魚をご馳走してくれるらしい。レイシーはこっそりと涎を飲み込んだ。


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