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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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今後の話をする Ⅳ

 一人の男が薄暗い部屋に入ってきた。

  彼は今しがた王子の征伐に出ていたアクロだった。彼の赤黒い影が現れると、つん、と血の匂いがあたりに広がる。それに触発されるように、部屋にいた全員が彼に怯えた目を向けた。


「おう、勇者様のお帰りだな」


 部屋の中にいた一人がアクロに、場の暗さに似合わぬ軽い声で話しかけた。ローブに身を包んだ彼は怖気づいた男たちに代わって、この鬼神との話し合いを買って出ていた人物だった。


「……で、どうなんだい!?」


 それに続いて隣に控えていた太った女はごくりと唾を飲み込むと、震えた早口で尋ねた。


「上々だ。男を一人仕留めたぞ」


「……仕留められたのが男一人だったのかい!? 王子共は殺したのかい!?」


「うむ。王子と男、二人で拙者と死合った。王子の方は逃がしたが、なかなかの逸楽であったぞ」


「何よ……!失敗してるじゃないか、それを自分だけ楽しそうに……!」


「問題か?」


「……ひっ」


 部屋の明かりは蝋燭だけだというのに、男の瞳は研ぎ澄まされた刃のようにぎらりと輝く。太った女は自分の身が切り裂かれたかのような錯覚を覚え、続く言葉を失った。

 やれやれ、といった調子でローブ男が頭を振った。


「問題なんだよ。まったく、戦闘狂も頼もしいっちゃ頼もしいがね。お前に申しつけていたのはそうじゃない。そこの御婦人の言うとおり、その少年の方の首を取ってきてほしかったのだよ。まあ、我々の指示不足も認めるが……最初から王子と王女を殺せと言っておくべきだったが」


「言われなくともやってやろう。奴とは、お前が言っていた怪物女よりもよほど良い死合いができたわ」


「ほう、あのモンスター殺しの怪力女のことか? あれはお気に召さなかったか?」


「あの女は力はあるが、技が伴っておらん。生きてこそいるが腕を切り落としておいた。もう向かってくることもないだろう」


「はっはっは、鬼神様はグルメとみえる。今度一席ご一緒したいものだね」


「良いだろう。盃の代わりに剣を、舞いの代わりに戦いをするならばな」


 彼らは笑っているが、互いに隙を見せてはおらず、目で牽制しあっている。まるで怪物同士がにらみ合いを続けているような空気が場を見たし、この会話に居合わせた全員から生きた心地を奪っていた。


「んー、そう来たか。確かに手伝いたいのは山々だが、俺はまだ前線に出て戦う事はできなくてな。王都の貴族に取り立ててもらえれば、それが俺の野望の第一歩になるんだ」


 俄かに男は立ち上がり、羽ばたくように腕を大きく広げた。ローブに包まれたシルエットが大きな幕のように、僅かな光源を覆い隠す。


「お前も今のうちに俺に取り入って置けよ。このコルベス様の元で働かせてください、とな!


「そうすれば死合いができるのか?」


「おうとも、強い奴をいくらでも集めてやろう。剣士に槍使い、斧を持った荒くれ。狩人や魔法学院の秀才なんかもいいな。どうだ、興味あるだろう?」


「それは良さそうだ。助力する」


「そりゃ助かるよ」


 コルベスはにやりと笑うと、一度席に着いた。


「さて、これからの見立てだが、奴らはどうすると思う? 常識的に考えると、王都に何としても入ろうとするだろうな」


「拙者はそうは思わんな。拙者の強さは自分でよく理解しているつもりだ。強者に相見えたのなら、決着をつけようと追って来るだろう」


「お前なあ……だが、あながち間違いでもない。あの王子はそのくらいのことはやって来るだろうからな。ここからは読み合いだ」


「ほう、ではその知略をお聞かせ願おう」


「まず大前提として王都の守りは絶対的に手堅くいかなくてはならない。今のあいつは怪物女がいる。酷評しているが腕を落としただけで討ち漏らしたんだろう?」


「弱者だぞ」


「いやだからそれはお前目線の話だろう。あの馬鹿力ででかい岩でも大木でも蹴り込まれて見ろ、半端な数の兵士は壊滅するぞ」


「ほう」


 アクロは顎に手をやった。


「だからそれを警戒して、王都方面にも多めに兵士を残しておかないといけないってわけだ。王都に入られた瞬間、全部暴露されたら王都と戦争することになる。当然、。俺達の兵力では勝てない。その瞬間負けだからな」


「それはそれで楽しそうだが……まあ、止むを得まい」


「そういう事だ。もう一つ考えられるのが、お前の言った通りこの本陣の強襲だ。王都の守りが硬くなっていることを見越して、少数精鋭でもぐりこみ俺達を攻撃してくるってわけ」


「……こ、ここに来るのかい!? 奴らが!?」


 太った女と痩せた女は、身を寄せ合って更に怯えはじめた。


「心配ご無用、ご婦人方。あなたたちは今から王都へ向かって、我々の手のものがいる屋敷で待機をお願いしましょう」


「そこが一番安全なのかい!?」


「ええ。我々は絶対に奴らを王都には入れさせません。したがって、王都の中が一番安全なのは自明です」


「そ、それなら安心だね。姉さん」


「え、ええ。それじゃあ頼むわよ、コルベス」


 二人はこんな所にはいられないとばかりに、そそくさと部屋を後にした。後に残る言葉無き男たちは、その背中を羨望の眼差しで見る事しかできなかった。


「で、拙者にはどう動いてほしいのだ?」


「俺はここに残って全体の動きの監督をするから、あんたにはここに来るかもしれない奴らの迎撃を頼みたい。残りの兵士はこの領地に集めておくから、この土地で討ち取ってくれ。自領なら王族殺しの処理もしやすいからな」


「おびきよせてから死合え……と言う事か?」


「そういうこった。次は絶対に討ち取れよ? 期待しているぞ、『極東の死神』さんよ」

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