今後の話をする Ⅰ
ちくり。虫に刺されたような痛みを腕に感じ、レイシーの意識は身体に引き戻された。
「……う、うーん……」
叩き起こされたねぼすけのような、呆けた呻き声が口から洩れ、目玉に光を取り込もうと瞬きをする。辺りは薄暗いようだった。
「ここは……?」
毛布の上に寝かされた身体を起こすと、そこは洞窟の中だった。頭を回してみると、すぐ隣でぱちぱちという音とともに、僅かな光があるのを見つけた。小さな焚き火だ。その傍には、二つの丸くなった人影があった。
「……ヤーコブ? アリエッタ!」
焚き火を囲む二人を見ると、張り付いていた気怠さがすっと抜けた。肘で身体を起こして、ゆっくりと近づいて行く。
「……レイシー? ……ああ、あああ……よかった……」
アリエッタは涙を流しながら駆け寄り、自分の細い身体をぎゅっと抱きしめてから身体を支えてくれた。
「みんな逃げることが出来たんだね。ここにはいないみたいだけど、カールも無事なの?」
無言のまま座り込んでいたヤーコブが重々しく口を開いた。
「……彼は、死んだ」
「……え?」
「あの後、周りの兵士がすぐにこちらを囲もうとした。彼は僕達を逃がす為、囮になってくれたんだ」
「……そんな」
内臓が重く締め付けられた。
しかし、涙は出なかった。目の前で悲嘆に暮れる二人を見ていると、あの戦いで失敗した自分にそんな資格はないと思ったからだ。
「……ごめんなさい。わたしがあの時、斬られてなかったら……倒れてなかったら……」
「謝らなくていい。君があの力で助けてくれなかったら、どっちにしろみんな死んでいた。仕方なかったんだ」
ヤーコブはまるで自分に言い聞かせるように言った後、俯いた。焚き火の光が彼の横顔に黒い影を作った。
「謝るのはこっちの方だ。僕たちの事について、話しておかなくてはいけない」
彼は真面目な顔でこちらに向き直り、曇った声で話した。火に背中を向けたせいで、彼の影はますます濃くなった。
「僕たちは、ヤーコブとアリエッタじゃない。本当はこの国の王の血を引く子。王子と王女なんだ。そして、カールの本当の名前は、グリム。僕の一番の忠臣だ」
「……私の本当の名はグレイル。そして、兄上の名前はヘンデルというの」
「……そう」
驚きこそあったが、それ以上に今置かれた状況が心を押し潰していた。
王子と王女は人形劇でも見た、きらびやかな王都の象徴だった。グリムもまた、彼らの良き仲間として印象に残っていた。ずっと憧れだった存在を前にすれば、間違いなく飛び上がって喜んでいただろう。しかし全てこんな状態でなければ、の話だった。
「君を信用していなかったわけじゃないんだ。占者の反乱は知っているかい?」
「知ってる。王子と王女も、グリムの名前もそこで聞いた。大好きな劇だよ」
「ありがとう。でも実は、あの話には続きがあるんだ。あの事件以来、僕達に反発する声が大きくなり、終いには僕達へ刺客が差し向けられるようになった。調べれば、それは王政の打倒を目指すとある派閥から差し向けられていた」
「グリムとともに旅人に変装していたのは身を隠しながら、その派閥について調べるためだったの。私達の情報収集は上手くいき、奴らの居場所を突き止めた。その情報を持って王都に帰ろうとしたら、今回の襲撃があったというわけなの」
「僕達の正体を知れば、きっと君まで危険に晒される。そう思ったからなんだ。もはや何を言っても言い訳になってしまうが、王都に着いたらきっちり明かそうと思っていたよ。本当に、すまなかった」
王子は再び焚き火に向き直った。頭を垂れて肩を落としている。自分を支えてくれる王女も、悲しみにぷるぷると震え出したのがわかった。
二人とも、大切な人を失った悲しみに打ち震えている。グリム、もといカールの優しさは自分もよく知っている故に、胸が痛かった。
「……だけど」
しかし、もう一つ湧き上がる気持ちがあった。この悲哀に自分は屈したくなかった。みんなとの楽しかった旅を、こんな気持ちで終わりたくなかった。
「……ごめんなさい。わたしも、ヤーコブに嘘ついてたんだ」
意を決したレイシーが腕を振ると、腕に巻かれていた包帯がはらりと落ちる。
「…‥それは……」
「まぁ……」
目の前に現われたものを見て、ヤーコブばかりか既に力を知っているアリエッタさえも驚きの声を漏らした。
傷口は完全に塞がっていた。それどころか、断面からわずかな肉の小枝が生えている。その形は、歪な星形。新たな手が形作られていると、医者でなくともわかる状態だ。
「ちょっとだけだけど、もう動かせるんだ。よくわからないけど、わたしにもすごい力があるんだ。岩を投げ飛ばすだけじゃなくて、怪我がすぐに治っちゃうんだ」
悲しみに代わって驚きに塗りつぶされた彼らの目をじっと見つめる。この重々しい空気に反撃するかのように、精一杯声を張った。
「謝らなくていいって言われたけども。わたし、いっぱい迷惑をかけたし、やっぱり申し訳ないと思ってるよ。ヤーコブにも、アリエッタにも、カールにも。だけど、だからこそ、やっぱりみんなで王都に行きたいんだ。そうすることが、みんなへの恩返しになると思ってるんだ。だから、一緒に行こうよ。邪魔する奴らは、やっつけちゃおう。占者の反乱の時みたいにみんなやっつけて、笑って王都まで行こうよ!」
「……敵は大勢だ。グリムももういない、僕たち三人で勝てると思うのかい?」
「わたしの力を使うよ。この力で、わたしがみんなを守る。もう誰も奪わせない。今度こそ」
火の光を受けたレイシーの目は、暗闇の遠くまで見通さんばかりに光っていた。それを見とどけた王子は、顔を上げると、ふっとため息をついた。
「違うよ。僕が君を守るんだ。この国の王子として、民を守るのは当然のことだからね。……ありがとう、レイシー。情けないところを見せてしまったな。君は僕の恩人だ」
「ええ。サンディが言っていた通り、本当に強くて優しい子なのね。あなたを頼もしく思うわ」
「どういたしまして。王子と王女に頼ってもらえるなんて、わたし、感激しちゃうな」
レイシーは少し照れくさくなって頭を掻いた。洞窟にほんの少し、和やかな空気が戻ってきた。
本日は日曜更新になってしまいました。遅れて大変申し訳ありません。
次回もよろしくお願いいたします。