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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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失いながらも前に進む Ⅲ

「命令も何もない! 君を置いてなんていけない!」


「語らいの途中、失敬するぞ!」


「……! 危ない!」


 平常の彼に似合わず怒鳴っていたヤーコブに、アクロが襲いかかる。攻撃はぎりぎりの所で受け止めたが、ひやりと冷たいものが背中を駆け抜けた。


「くっ……」


「今は死合いの最中だぞ? 拙者を忘れないでもらおう」


「やれやれ、困った狂戦士ですね」


 これ以上会話するのは困難だ。盾で何とか刃を防ぎながら、グリムと呼ばれた男は何度も外へ目をやった。逃げるように促しているのがはっきりとわかる。 

 しかし、いくら腕が剣を振るおうとも、足が攻撃を避けようとも、ヤーコブは逃げられない。それどころかいっそう腕に力が入り、先ほどよりも激しく剣を打ち付けるのだった。


「君を置いてなんて……」


 その時だった。台詞を遮るように、矢が風を切った。


「うぐっ」


「グリム……!」


 矢は吸い込まれるようにグリムの右肩に命中した。血に染まった彼の腕がだらりと力なく垂れさがり、剣が地面に落ちた。


「よし、当たったぞ!」


「全員で迂回して馬を囲め! 逃がすな!」


「やれやれ、残りの兵たちが追い付いて来たようですね。早く逃げてください!」


 彼は毅然とした目で見つめてきた。長い旅路を共にしてきたヤーコブでさえ気圧される程の物だった。


「僕は……」


「行って!」


「……っ!」


 他に方法はなかった。

 ヤーコブは血が出るほどきつく唇を噛む。腹の中が千切れそうな感覚を押さえて、戦いに背を向けて走り始めた。


「逃がさん!」


 すぐさま追おうとしたアクロの前に、左手で盾を構えたグリムが立ちはだかった。右肩には一本の矢が突き立ち、今もぼたぼたと血が流れ続けている。


「……その状態で某の前に出るとは、よほど命が惜しくないと見える。その忠誠心、見事だ」


「あなたほどの使い手にお褒めいただけるとは光栄ですね。ご褒美に、少しくらい手を抜いていただけませんかね?」


「はっはっは、面白い奴だ。出来ぬ相談だが、せめてもの情けはかけてやろう。他の兵ではなく、我が手にかかって死ぬがよい」


「……ならば、仕方がないですね!」


 グリムはアクロと兵士たちをぎろりと睨んだ。相手はたった一人であるにも関わらずまるで城壁を相手にしてしているかのような圧力が、大軍の足をぴたりと止めた。

 前に出ているのはアクロのみ。彼のみが怯まず、むしろこの圧を楽しんでいるかのように、刀を構え続けていた。


「……来い!」


 グリムは盾を構え、素早い体当たりを仕掛ける。アクロもまた迅速に反応し、眼前に迫った彼に刃を浴びせかけた。盾と刀、二つの金属が疾風のように交差する。

 しかし、手負いの彼ではもはやこの戦いの化身を止めることはできなかった。刀が振り下ろされると同時に、ぱっと赤い血が飛び散った。


「う、ぐっ」


「勝負あったな」


 口から血が噴き出た。がしゃり、と最後の得物だった盾が落ちる音が、彼の命が長くないことを告げた。それでも地面に膝をつかないのは、守護者としての最後の意地だった。


「私はここまでです……ヘンデル王子……グレイル王女……レイシー様……どうか、御身……大切に……」


 戦いと傷のせいで、体力は既に尽きていた。ふらつく身体を気力で持ちこたえ、彼はこわばっていた表情を崩す。


「……最後まで見事な男よ。お命、頂戴する」


 アクロは彼の浮かべている、顔をしかめながらも笑みをたたえた表情に目を細めた。そして一抹の寂しさを感じながらも、彼の胸を刀で貫いた。


「ぐっ」


「……死んだか」


 アクロは立ったまま動かなくなった彼の前で歎息した。頭を振ると、彼は馬を追おうとする。


「……よし、馬を追え! 王子と王女を逃がすな! 怪物女も今なら捕えられるぞ!」


 指示を出し、部隊が動き出したのを確認すると、兵士はアクロのもとに駆け寄った。


「アクロ、よくやった! お前も早く来い!」


「うむ。今……」


 何かが袖口に引っかかり、アクロは足を止めた。


「死してなお、拙者を止めるか……」


 既に土気色に変わりつつあるグリムの手が彼の袖口に絡み、離そうとしないのだ。数多の戦いに身を投じてきたアクロでさえも、この執念には感嘆せずにはいられなかった。


「おい、アクロ! 何やってる!」


「……すまぬ、拙者は動けぬよ。死合いはまだ終わっておらぬ。もうしばらく、この強者との時間を楽しみたいものでな」


「ふざけている場合か! このままだと奴らが逃げる!」


 ヤーコブはどの兵士よりも早く、アリエッタの隣の馬へと到達した。

 レイシーの大岩による混乱で馬が暴れたせいで、兵士の大半は走って追いかけてくる。馬にさえ乗れば逃げ切ることができるだろう。


「兄上……」


「何も言うな。逃げるぞ」


「ええ、急いで……!」


「ああ」


 アリエッタの声には涙がにじんでいた。

 彼は手慣れた動きでもう一頭の馬に乗ると、全力で馬に鞭打つ。レイシーを背負ったアリエッタもそれに倣った。二頭の馬は嘶きとともに、もと来た道を風のように素早く駆け戻り始めた。


「追いつけるか!?」


「駄目です、追いつけません!」


「ええい、仕方ない! 今回は引き上げるぞ! だが、どこまでも追い詰めて、きっちり奴らに止めをさしてやれ!」


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