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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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失いながらも前に進む Ⅰ

「うわあああああああああああ!」


 もうもうと煙幕のように立ち上る砂埃の中、たくさん男の悲鳴、どたばたと人が転ぶ騒音、地面の揺れに驚いた馬の嘶きが混ざり合う。


「一体なんだ!? 砲撃か!?」


「いえ、岩です! 馬も驚いて言う事を聞きません!」


「ええい、もしや怪物女の仕業か! 部隊を分けろ! 身軽な連中は走って岩を迂回、奴らを押さえろ!残りは馬を落ち着かせてから、逃げる奴らを追え!」


「回り込もうにも砂埃で見えぬ、耳も利かぬ……静かにせんか」


「ええい、役立たずめ! おい、お前も働け! アクロ!」


 こちらも砂埃でよく見えないが、敵は混乱しているらしい。レイシーは馬車の中にもう一度戻ると、窓からひょこっと顔を出し、味方を探した。


「みんな、大丈夫!? 今のうちに逃げよう!」


「いったいなんだ!? レイシー! アリエッタ! カール! 無事か!?」


「お兄様、この岩はレイシーがやったのよ!」


「!! 本当かい!?」


「とにかく、今は早く撤退するのが得策でしょうな!」


「……わかった、この馬車の馬を切り離して使おう!カール、馬を落ち着かせられるか!?」


「お任せください! 二頭ございますので二人乗りと行きましょう!」


 窮地に慣れた三人は、すぐに行動を開始した。荒ぶる馬はすぐにカールによって鎮められ、あとは客車との切り離しをするだけだ。騒乱の中ではあるがひとまず何とかなりそうだ、とレイシーはほっと胸をなでおろした。


 その時、そんな気持ちを情け容赦なく崩すかのように、岩の影ががぐらり、と揺れた。


「……え……?」


 冷や汗が額を伝った。

 岩は押されたのではない。斬られたのだ。

 勿論、岩は刃物で斬れる硬さではない。その上、これは建物程の高さまであるのだ。そうであるのに、鼓膜を震わせる太刀音がそれを理解させた。


「ほほう。童女の姿ながら剛力無双と申すか。これは面白いものを見た」


 低く、上ずった声と共に岩の切れ目から現れたのは、蛇のような眼を持つ男だった。

 カールと比べて身体はかなり細かったが、それは決して虚弱な細さではない。極限まで研ぎ澄まされた、刃の様な鋭さだった。

 彼は市場で見たことのあるキモノを着ているがところどころ赤黒い染みがついており、裾の辺りもボロボロになっていた。手には一本の、曇り一つない片刃の剣が握られている。


「……あの光……」


 見覚えがある。市場で極東のナイフを探した時に見た、切断の為に研ぎ澄まされた輝き。しかしこれはあの時のものよりもはるかに獰猛なもののように思える。まるで獲物を見つけた喜びを示すように、見ただけで切り刻まれるような感覚が襲ってくるほどに。びかびかと日の光を受けて光っていた。


「どれ、拙者とも手合せ願おうか」


 寒風が吹きぬけたような悪寒が背筋に走る。どくっ、どくっ、と心臓が高鳴って警告した。この男は、危険だ。


「いけない、逃げ……」


「逃がさぬ」


 男は腕と足を同時に出す、奇妙な走り方で距離を詰めてきた。

 珍妙な見た目ながらまるで風のようで、レイシーが踵を返すよりも素早く背後に追いつかれてしまった。


「そこだ」


 ぎらりと刃が光る。

 瞬きする間に事は終わっていた。

 ぼとん、と肉が落ちる音がした。


「あ」


 今着ているエプロンドレスの袖は二の腕までで、その先は先刻地面を持ち上げ岩を投げ飛ばしたとは思えないほど少女らしい、細く白い腕が露出している。

 その腕が、ない。一瞬のうちに斬り落とされてしまったのだ。その事実に気付いた瞬間、雷に打たれたような痛みが腕から全身を貫いた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「きゃああああああああ!!!」


「レイシー……!」


「レイシー様!」


 青空の元に声帯が破れんばかりのおどろおどろしい悲鳴が自分の喉から吐き出され、鮮血が噴水のように飛び散った。遅れて神経に伝わった激痛は、容赦なくレイシーを苛み、苦悶のあまりレイシーは地面に倒れ伏す。地面に新たな血沼が作られた。

 痛い。痛い。腕の先の感覚がないというのに、冷たいのか熱いのか判別もできない苦痛が生じ、うすら寒さと共にレイシーの痛覚を駆け巡る。


「あ、ぐ……だ……め、い、か……なきゃ…」


 ここで自分が倒れたら、皆が逃げられない。自分のせいで足を引っ張ってはならない。奥歯を砕かんばかりに噛みしめ、脂汗を浮かべながらレイシーは地面を這う。

 腕が無いせいで立てない。痛みを和らげようと叫んでじたばたもがいても、こびりついて離れない。結果として芋虫のように地を這い、血で線路を作りながら必死に馬を目指して行く。


「やれやれ、剛力は見事であったが怪物とはいえこの程度か……これ以上苦しませるというのは酷なものだ。どれ、楽にしてやるとしよう」


 冷徹な襲撃者はそれを逃さなかった。レイシーの上に男の影が落ちかかる。


「あ……」


 いくら謎の力を秘めた自分でも、首を落とされればどうなるかわからない。レイシーは終わりを覚悟した。


「御命、頂戴」


 無慈悲な凶刃が、細い首めがけて振り下ろされた。


あけましておめでとうございます。昨年はお読みくださりありがとうございました。本年も拙作を宜しくお願いいたします。

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