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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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戦いの鐘が鳴る Ⅱ

 後ろの敵は二種類いた。

 一つは、先ほどの黒装束に身を包んだ者。数が少なく、三人ほどしか確認できない。一つは、屋敷の兵と変わらない装備をしている者たち。最後尾の馬車から現れる彼らは鎧や剣で重武装している。


「そう、忍び込んで護衛の兵士に成りすましていたのね……!」


「アリエッタ、こいつらが怪しい奴なの!? 何でわたしたちが狙われるの!?」


「……ごめん、説明は後でするわ! 今はここを切り抜けましょう!」


 何か知っているような口ぶりだったが、彼女の言うとおり今は緊急事態だ。レイシーは気になる心をぐっと抑えた。


「わかった、後で話してね! 絶対だよ!」


「アリエッタ様、レイシー様! ご無事ですか!?」


 敵がいれば味方もいる。

 一つ後ろの馬車に乗っていた兵士たちのうち数人はどうにか無事だったらしく、盾と長剣を構えて街道の上で密集することで刺客たちを何とか食い止めていた。


「わたしたちも手伝おう!」


「みんな聞いて! その守りの隊形のまま距離を詰めずに戦って、奴らを押し止めて! 道を外れて漏れてきた敵は私達でフォローするわ!」


「わかりました!」


「……ん!? あいつが標的の妹と、例の怪物娘か!? 気を付けてかかれよ!」


「御意」


 アリエッタが兵士たちに指示を飛ばすのと同時に、敵兵たちと刺客も何やら会話をしていた。しかし今はそのようなことを気にしている余裕はない。


「今、助ける!」


 レイシーは防衛線に切り込んできた敵兵に素早く石ころを投げつけた。あまり大きくはない石だったが、レイシーの剛腕から発せられたそれは矢のように空を裂き、敵の頭に当たって昏倒させた。


「私も行くわ!」


 アリエッタはカールから貰った剣を抜き、殺到する敵たちに切り込んでゆく。


「小娘が!」


「舐めてると、足元すくわれるわよ!」


 宣言通り瞬く間に敵兵を斬り伏せるアリエッタ。しかしその後ろの馬車の下から、黒い影がにゅっと現れた。

 兵士に気を取られているうちに、刺客はアリエッタを始末するつもりだ。

 影は素早い蜘蛛のように高速で地を這い、彼女の背後を捉える。ぎらり、と牙のような短剣が彼女の背中に向けられる。


「危ない!」


 レイシーは飛びかかり、刺客に体当たりを食らわせた。

 暗殺者は悲鳴一つ上げず、突風に吹かれたように吹き飛んだ。小さな少女が怪力を発揮したのを目の当たりにし、敵も味方も一瞬唖然とする。


「大丈夫!?」


「レイシー……助かったわ!」


「気を付けて、さっきの黒い人たちがいない! きっとまだ隠れてる! どこかでわたしたちを狙ってる!」


「うわあああああ!」


 そう言った直後に胸が冷たくなるようなおぞましい悲鳴が鼓膜を貫かんばかりに響いた。これは味方の悲鳴だ。

 見れば堅固な隊形を築き上げ、生ける要塞となっていたはずの護衛の兵士たちが、内側から崩れてしまっていた。


「ぐぇっ」


「ぎゃ」


 二人の黒い刺客が躍りかかり、素早い手つきで兵士たちの急所に刃をすべり込ませていく。噴水のように血の柱が上がり、いとも簡単に自分たちの生命線は破壊されてしまう。

 兵士たちの防波堤が崩れてしまえば、敵の濁流を押し留める手段はない。


「遅かった……!」


「とにかく逃げるわよ!四番目の誰もいない馬車を背にして持ちこたえるしか……!」


二人は敵から逃れるべく、来た道を戻ることになった。


「兄上!」


 目的の馬車にはすでにヤーコブとカールがいた。二人とも必死に刺客が近寄らないように押しとどめている。


「二人とも、無事だったか!」


「ちょっと二人であの量は無理でした!」


 なんとか黒い刺客を掃いながら、二人はこちらを向いた。


「カール、笑ってる場合じゃないわよ! 私も協力するから、何とかしのぎましょう!」


「アリエッタ、剣が使えるのかい!?」


「そうよ! 修行したんだからね!」


「……わかった、頼む! レイシーは下がっていてくれ!」


「……う」


「……頼むわよ!」


 アリエッタはウインクを一つ、こちらに投げた。


「いくぞ!」


 三人は壁のように密着した隊形になり、馬車を背に、襲い掛かる相手を何とか食い止めようと試みた。

 ヤーコブの素早く見事な剣さばきの前に、刺客は近寄れない。カールの剣と盾を駆使した攻撃に死角は無く、敵を次々に吹き飛ばしていく。アリエッタの剣は強さと速さが合わさっており、実戦は初めてだというのに十二分に通用している。


 しかし周りは敵、敵、敵。たった4人を押し潰すべく、じりじりと迫ってくる。

 レイシーは三人の顔を見る。三人とも、表情に徐々に疲れがにじみ始めている。


 アリエッタは何とかしのごう、と言った、しかし、しのいで何になるのだろう。護るだけでこの包囲網が抜け出せるとは思えない。だからといって、レイシーは怪力でも丸腰だ。刃が飛び交うあの中に飛び込めば一瞬で全身をずたずたにされてしまうだろう。


「……それでも、わたしが、やる!」


 今こそこの力を使おう。打つ手はこれしかない。

 レイシーは馬車の中に入り、窓を抜けて反対側へ回った。道から外れた草原は、すぐそばで戦いが起きているとは思えないほど穏やかだ。その草原に、ありったけの力を込めて手を突き刺した。

めりめりと指が吸い込まれる。ばきばきばき、と大地がひび割れ、砕けていく。


「やあああああっ!」


 そのまま地面を剥がすように持ち上げると、馬車よりも遥かに大きい巨岩を手に入れることが出来た。


「みんな、伏せて! えええええええーいっ!」


 喉が潰れるほどに叫ぶと、腕だけではなく全身の筋肉にぐっと力を込める。そのまま馬車を超え、仲間と敵の間めがけてこの巨大な岩を放り投げた。




 突然日の光が遮られた。戦っていた全員が思わず上を向く。そしてその全員が目を疑った。

彼等の目に映ったのは、天罰の如くこちらへ落ちてくる巨岩。あまりに衝撃的な光景に戦いの手も止まってしまう。


「な、なんだあれは……!?」


「まずい、逃げろぉ!」


 目論見通り、岩はヤーコブ達と敵兵の間を分断するように落下した。

 爆薬がいくつも爆発したかのような轟音が草原に轟く。同時に地面が震えるかのようにぐらりと揺れた。

本年の更新はこれで終了です。今年もありがとうございました。来年も引き続きお楽しみください。

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