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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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戦いの鐘が鳴る Ⅰ

「ふんふん、ふーん」


 レイシーは窓から顔を出しながら鼻歌を歌っていた。

 歌を運ぶように、頬を撫でるようにそよ風が吹いた。頭に着けたリボンがぱたぱたと伴奏のようにはためく。お気に入りのエプロンドレスに身を包んだレイシーは舞い上がるような上機嫌だった。

 それもこれも、今日が待ちに待った王都へと入る日だからである。

 馬車の進む王都へと到る道は昨夜の振るような星空に違わずよく晴れていて、陽光に満ちた明るい色だった。その明るい事はエメラルド色の草はもちろん、土の色さえも輝かせて見えた。

 後ろから、別の馬車がついて来る。


「そういえば……」


 レイシーはついてくる馬車を見返った。ラムラの屋敷から出る時に、何故か隊列に増えていた、新しい物だ。

 数は前と後ろに二台ずつ、合わせて四台。この馬車に乗っているのはレイシーたち四人だけだが、自分たちを囲む前後の車には兵士たちが武装して控えている。後ろの馬車のがたがたという音を聞くと、物々しさを感じずにはいられない。


「ヤーコブ、あの馬車は? この人たちは何?」


「ああ、ラムラ様の屋敷から手配してもらった兵たちだよ。最近、この辺りには怪しい奴が出るんだ。襲われたら危険だからね」


「そうなんだ……それにしても数が多いような。王都の近くなのに、怖いんだね」


 それを聞くと、彼はふっとため息をついた。


「そうだね……おや、見えてきたよ。王都だ」


「え!? どこどこ!?」


 前方に目を凝らすと、はるか遠くに大きな壁が見えてきた。要塞のように頑丈な石造りの壁と大橋、その先の門。今まで見たどの村よりも大きいことがここからでもわかる。胸がどきどきと高鳴り始めた。


「わあ……! いよいよだね!」


「レイシー、見て! 他にもいっぱい人がいるわ!」


 門に続くようにたくさんの馬車が列をなして王都まで続いている。先頭もまた遠くにぽつんと見えるだけ、これまたとんでもない多さだった。


「しかし、この量は……完全に渋滞していますな。しばらく待たなくてはなりますまい」


「すごいなあ。これだけ多くの人がやってきているんだね」


「そうね。だからこそこの王都には、王国中の特産品や文化が集まってくるのよ。とっても賑やかで、歩くだけで楽しいのよ」


「ほんと!? だったらアリエッタ、ついたら一緒にお散歩しよう! 一緒に歩けばもっと楽しいよ!」


「ふふっ、いいわよ。とっておきの場所に案内してあげる!」


 王都に入るには門番の検査を受ける必要がある。そしてそれに合格した馬車のみが通れるという仕組みらしい。故に、興奮するレイシーには進む速度がもたもたと遅いように思えて仕方ない。


「ねえ、どれくらい待てばいいのかな……」


「待たせてごめんなさいね。最近は検査も厳しいのよ。何でもちょっと前、王都で反乱があったから、そのせいだと思うわ」


「あ、知ってる! 占者の反乱でしょ? 人形劇で見たんだ! わたし、あの話大好き!」


 目を閉じれば今でも人形たちの旅と戦い、初めて見せてもらった日の雨の音まで鮮明に思い出せる。この言葉に偽りはない。


「そ、そうなのね……私は、あれはあんまり好きじゃないかしら……」


「アリエッタ。僕は、好きだよ」


「私も好きですね。あのはらはらする戦い、今でも手に汗握ります。……王女様が捕まるだけの役柄なのが少し気になりますがね?」


「もう、カールも兄上も! 寄ってたかってそんなこと!」


「アリエッタは好きじゃないんだね……残念だけど、いいと思う。好きと思う物は人それぞれだと思うから。今度はアリエッタの好きなお話も教えてよ」


「そうね。レイシー、あなたは賢いわ。ここの二人と違ってね!」


 ぷいっとそっぽを向いてしまうアリエッタ。


「それより……待ち遠しいよー!」


 その横で祭りを待つ子供のように、レイシーは足踏みした。


 異変を感じたのはその時だった。

 のほほんとした空気を凍り付かせるように、ふっ、と周囲が冷たくなった。悪寒が稲光のようにレイシーの背筋を走り抜ける。

 一体何が? わからない。しかし自分の細胞が何かを察知している。ここは危険だ。


「!」


 思わず周りを見渡す。ヤーコブの方を見ると、目が合った。彼も何かに気付いたようだった。


「はっ!?」


 彼はとっさに頭を下げる。

 すると、さっきまで彼の頭があったはずの場所を、鋭い刃が貫いた。


「……え!?」


「なんと」


 アリエッタとカールも異常を認識したらしい。そんな彼らに息つく暇も与えさせないように扉が乱暴に開かれた。

 

 顔を覆い隠した黒装束の怪人たちが三人、馬車の室内に影を落とした。

 全員が手に短剣を持っている。小さいが日の光を浴び、冷たい輝きを放っていた。そして彼らはそれらを、手を少しだけ突き出した奇妙な構えで持っていた。その姿はまるで、獲物を狙う蛇を髣髴とさせた。


「この人たちも護衛なの……!?」


「違う……こいつらは……!」


「ええ、我々を狙う刺客の類いでしょうな!」


「あ、怪しい奴って……まさか!?」


「説明は後だ! 一旦外に逃げよう! 窓に飛び込んで!」


 いち早く応戦したカールが素早く盾を振るって刺客たちを牽制した。馬車の中という狭い場所であるため短剣を使う彼らの動きが一瞬止まる。その隙にヤーコブが窓を壊すと、レイシーはそこから一緒に飛び降りた。

 アリエッタが出たのを確認してからカールも何とか外へ飛び出した。


「うわあああああああああ!!」


 外に出た瞬間聞こえたのは男の悲鳴だった。自分たちの護衛だった二人の兵士がよろけながら走ってくる。


「無事か!? 何があったんだ!?」


「て、敵です! 前に並んでいる馬車から敵が溢れて来て、我々の仲間が……うぐっ」


 言い終わらないうちに兵士の一人は白眼を剥き、倒れた。地面がワインをこぼしたように真っ赤に染まりはじめる。後ろから迫ってきた刺客が彼の首を切り裂いたのだった。


「こ、こいつっ!」


 もう一人の兵士が応戦しようと剣を抜いたが、素早く懐に飛び込んだ刺客が彼の喉笛にも短剣を突き立てた。どさり、と彼は倒れ伏した。

 血塗れの刃を手にした刺客が、ぎろりとこちらを睨んだ。


「ひ……」


 背筋が凍った。王都への期待で高鳴っていた心臓が、今度は恐怖で撃ち震えはじめる。目の前の敵はあまりにも、人を殺める技術が卓越しすぎている。一体どれだけの人を手にかけたのだろう。


「まずい……みんな、下がれ! カールと僕が奴らを食い止める!」


「承知しました!」


 ヤーコブは剣を抜くと、目の前の刺客に飛びかかった。


「そこだ!」


 ヤーコブは突き技を中心に、襲い来る怪人との距離を詰めさせないように戦った。いかに優れた暗殺者であろうと、自らの手の届かない相手に刃を突き立てることはできない。


 一方、カールは盾を構えて先ほど飛び出た馬車の入り口に突進する。そのまま出ようとしていた刺客たちに追突した。


「ぐっ」


 どたん、と大きなものが倒れる音がして、馬車がぐらりと揺れた。


「今だ! 後ろの馬車に逃げて!」


「わかったわ!」


 しかしアリエッタと一緒に逃げた先で、二人の足は止まることになった。

 隊列五番目、一番後ろの馬車からも刺客があふれ出ていたのだ。瞬く間に二人は取り囲まれてしまった。


「そ、そんな!? まさか、屋敷から出た時にすでに潜り込んでいたの……!?」

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