旅の終わりに夢を見る Ⅳ
「いやあ、お見事。あなた様の剣に速さと力が備わった。これで私から教えることはもう何もありませんな」
「ええ、ありがとう。あとは体力を落とさないよう、こっそり訓練を続けようかしら」
「なるほど、いい心がけですね」
彼女の成長を見届けたカールは静かな拍手を送る。レイシーもそれに倣い、ぱちぱち手を叩いた。
「アリエッタ! よくわからなかったけど、速くて強くて、すごかったよ!」
「ありがとう、レイシー。さて、この剣は返すわ。鞘に入れて、と。はい」
「いえ、この剣はさしあげますよ」
「え?」
「長年、私と共にあった剣です。修行完成の祝いとして、変わらず続く忠誠の証として。ぜひ、お受け取りください」
返そうとした剣を突き戻され、アリエッタは目を丸くする。
「ずっと使っていた大切な剣なんでしょ? いいの?」
「はい。新しい剣は先ほどラムラ様から拝領しましたから。二刀流は心得ておりませんので、この剣はあなたが使っていて下さい。ヤーコブ様にはどう言いましょうか?」
「そうね……剣が余ったので護身用、という事にしておけばいいかしら。そう言えば嘘じゃないわよね」
彼女は嬉しさと達成感の入り混じった目で、まじまじと抱えた剣を見た。
「大事な剣なの?」
「ええ、何度も私や兄上を助けてくれた大切な剣よ。だけど今に見てなさい、レイシー! 今度は私がこの剣で、モンスターからあなたを助けてあげるわ!」
ふふんと不敵に笑う顔を月下に照らしながら、彼女は大きく胸を張った。
「そうそう、念を押しておくけれど修行していたことはお兄様には秘密にしていてね。いきなり見せて、驚かせてあげたいわ」
「うん。わたしの力の事もまだ気が付いていないみたいだから、一緒に見せてびっくりさせよう!」
「レイシー様の秘密というのは私は知りませんが、少女たちの秘密にこの歳ながら混ざれるとは。感激ですなあ」
「カールったら、爺やみたいなことを言うんだね! おもしろい!」
「ふふっ、そうね……」
その時、アリエッタは何故か物憂げな表情を見せた。爺やの事を思い出し郷愁に浸ったのかと思いきや、何故か後ろめたさを感じているようにも見える。その表情を見てレイシーは一瞬はっとしたが、こちらの視線に気づくとすぐに笑顔に戻った。
「アリエッタ……?」
「何でもないわ。本当に、爺やみたいね! さあレイシー、お風呂に行きましょう!汗を流してから眠るのは、私大好きなの!」
「やったー、二回目のお風呂!今日は市場を出てから久しぶりのお風呂だったから、とっても気持ちよかったんだ!一緒に行こうよ! それとね、よかったらその後、一緒に寝ようよ!」
「私も、身を清めてから休みますかな。それでは、おやすみなさい。お嬢様がた」
少女たちの静かな笑い声が、屋敷の庭に優しく響いた。
その夜、レイシーは夢を見た。
頼もしい仲間と共に、長い長い旅路を歩む。未知の発見に心躍らせ、障害悪路なんのその。みんなで手を取り合って、夢の世界でも冒険を続けていく、そんなわくわくした夢だった。
「ほう、ここか」
馬車から夜の村に降り立った数人の男たち。その中に混ざるアクロは、人通りの無い道をつまらなさそうに一瞥した。
「ああ、奴らは屋敷にいるそうだ。アクロ、ここからどうするんだ?」
「闇に紛れ、今すぐに襲っても良いのだが……気分が乗らんな」
月光が屋敷を見上げた彼の眼に光を宿す。刃のような冷たく妖しいその眼光に、アクロの隣の男は味方ながら身震いした。
彼はアクロの依頼者に仕えるただの部下だった。それ故にこの男の纏うただならぬ雰囲気に慣れず、居心地が悪そうにそわそわしていた。
「気分の問題じゃないだろ。いくらモンスター女だからと言っても細切れにしちまえば死ぬだろうから、さっさと屋敷に討ち入りして皆殺しにしてしまえば終わる話だぞ。お偉いきょうだい殺しもラムラとかいう底辺貴族の政変ってことにすればいい」
男の声は次第に熱を帯び、早口になる。
「第一、こんな所でもたもたしてたらコルベス様に怒られないのか?」
「物事には順序というものがあろう。屋敷には兵や従者も多くいるはず。事を荒立てては、数で不利になりかねん」
「……雇われてるあんたはいいかもしれんが、俺は怒られると困るんだよ。コルベス様の部下だから逃げられないんだぞ?」
「ほう。それなら貴殿一人で行くがよかろう。何、討死すれば叱咤されることもあるまい」
「……ふざけるなよ……」
説得が通じないとわかり、アクロの恐ろしさと激怒される恐怖で板挟みになった男の声は哀れに震えていた。
「まあ待たれよ。そもそも王都は目前、しかし標的は屋敷で停滞した。如何なる考えでここで足を止めているのか。それはわかるかね?」
「……何か準備をしている、とかか?」
「具体的な答えではないが聡明だな。見立てではあの者ども、おそらく護衛を用意するだろう。屋敷に泊まったのも一夜かけて、護衛の者どもを配置に着かせていると見た。なるほど、襲われ慣れているだけはある」
「へえ、それだけ準備されてちゃあとっくに数で不利になってるな。これで極東の戦鬼様もお手上げかよ……?」
消え入りそうな声でも皮肉をぶつける彼に、アクロはにやりと笑って返した。
「ならばこちらも一計を案じるまでのこと。我が計略、あの者どもに切り抜けられるかな?」
彼が合図すると、後ろの闇がゆらゆら揺れる。
「な、何だ!? 誰だ!?」
驚き後ずさる男の隣に、闇を素材に作ったような真っ黒な装束をまとった集団が、漆黒から生え出るように何人も現れた。
「アクロ様、ご指示を」
寸分違わない機械のような動きで、夜の住人達は膝を折る。
「……さぁ、死合いを始めようではないか!」