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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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旅の終わりに夢を見る Ⅲ

「何を隠そう、私はサンディとは仲良しで、あの屋敷は元々私の所有物だったのでおじゃる。……君の事は手紙でよく聞いていたでおじゃる」


 ラムラは急ぎつつも上品に口を拭くと、ふぅ、とため息をついた。


「サンディを失ってきっと落ち込んでいると思ったから、どうにか元気づけてあげようと思っていたのでおじゃるが……こちらが逆に元気づけられてしまったようでおじゃる。レイシー、君は優しい子なのでおじゃるな」


 なるほどとレイシーは思った。自分は慣れ過ぎていて気付かなかったが、彼女もまた貴族との繋がりがあったのだ。

 忙しい中でも仕事の内容や屋敷の中を見せてくれたりしたのはこちらを慮ってのことだったらしい。


「サンディもよく優しいって褒めてくれました。わたし、これからも優しいままでいたいです。血は繋がっていなくても、わたしは賢くて優しい、サンディの妹でいたいんです。だけど」


 レイシーは立ち上がり、ラムラの近くに寄る。彼のつぶらな瞳をまっすぐに見据えてから、ぺこりと頭を下げた。


「わたしが優しくいられたのも、みんなと楽しく暮らせたのも、ここをしっかり治めてくれたあなたのおかげです。本当にありがとうございます」


「……! なんという子なのでおじゃろうか…! 感動してしまったでおじゃる……!」


 ラムラはどこからかハンカチを手に取り顔に当て、ぶわっと泣き始めた。拭いきれない涙がぼたぼたと、滝のように彼の膝に落ちていく。


「あ、あれ!? ラムラさん!?大丈夫ですか!?」


「大丈夫よレイシー、嬉し泣きだわ」


「そ、それはわかっているんだけど……泣きすぎじゃ……」


 たとえ嬉し泣きであろうが、目の前で男にいきなり滝のように号泣されてしまったのだ。どぎまぎしてしまうレイシーを、アリエッタ達三人はにこやかに眺めていた。


「……大丈夫でおじゃるよ。料理と感謝で元気もりもりでおじゃる。これをいっぱい食べて、明日からも頑張るでおじゃるよ!」


 ラムラはそう宣言した。やはり涙声であった。


 


 晩餐が終わり、夜。久々の大きなお風呂や着慣れない寝間着とレイシーはすっかり寝る支度を済ませ、ベッドにもぐりこんでいた。


「……眠れない……」


 ラムラが空き部屋をたくさん貸してくれたので、今日は各々が自分の寝室を持っていた。部屋にいるのは自分一人だけで、ちょっぴり寂しかった。

 しかしそれ以上にいよいよ憧れの王都が目の前に迫っていると思うと、身体がほんのり熱いような、心臓が荒ぶるような、そんな気持ちが胸を満たしていく。何より、長いのか短いのかわからないこの旅もこれで終わりと考えると、横たわっているのもなんだか惜しくなった。


「……夜風に当たろうかな」


 部屋から廊下へ出たレイシーを、月明かりが窓越しに出迎えた。昼間は働き者たちが忙しく往来していた廊下も、今は人影の一つもない。


「……あれ」


 しかし人の姿がなくとも、鼓膜が何かの音を捉えた。トントントントントン。歩く音よりも走る音に近い、早めのリズムの音だ。


「足音かなあ?」


 中庭の方から聞こえるらしい。そちらへ足を向けてみようとレイシーは思った。


 空は天気がいいこの旅の成功を祝うかのように雲一つなく晴れ渡っている。


「もっと腰に力を! 何度も言っておりますが、腕ではなく、体幹で剣を使うのです!」


「はいッ!」


 二つの影が動いている。一つは大きく、もう一つは小さい影。月と星の光に照らされたその正体は、カールとアリエッタだった。


「みんな、何してるの?」


「あ、レイシー。見られちゃった」


 アリエッタは手を止め、空いている方の手で照れくさそうにぽりぽり頭を掻いた。


「剣の練習をしているのよ。私も兄上……ヤーコブの助けになりたいと思っていたの」


「そうなの? アリエッタは物知りだから、十分ヤーコブの役に立ってると思っているけれど」


「昔、ちょっと兄上の足を引っ張っちゃったことがあったから。だからこっそりカールに教えてもらって、市場にいたころからずっとやってるのよ。最近は旅でできる時間がなかったから、久しぶりに練習してるってわけ」


「アリエッタ様は本当にいい生徒です。頑張り屋で、しかも負けん気が強い。どんどん吸収してくれるので教えがいがあるのです」


「すごいなあ。わたし、剣なんて全然わからないよ。どんなことしてるのか、見てもいい?」


「いいわよ! カールもそれでいい?」


「はい、是非。ちょうど旅も終わりですし、今までの総仕上げを見ていただきましょうか」


 

 二人の修行は、素人の自分からは何をやっているかよくわからなかった。ただ、大切なのは慢心しないことと、どこに攻撃を受けても反応をすることらしいことは二人の掛け合いから何となく理解できた。夜の光を受けて輝く汗を散らす二人の姿は、とても格好よく、美しかった。


「さぁ、これが私から授けられる最後の試練です」


 カールはアリエッタに自らの件を託す。そしてレイシーの胴ほど太い丸太が、彼女の前に置かれた。アリエッタは剣をしっかり握りしめ、真剣な目つきでそれに向かう。


「いいですか、一撃にすべての力を叩きこむのです。強く、鋭く、早く。アリエッタ様ならきっとできるはずです」


「はいッ!」


 元気よく返事をしたきり、彼女は眠るように静かになった。

 眼を閉じた彼女の胸が、ゆっくりと上下している。呼吸音がこちらにまで聞こえてくる。ただならぬ緊張感に、レイシーは息をのんだ。


「……はッ!」


 きらりと刃が月光に閃いた。


「あ……!」


 レイシーが瞬きをする間に、剣は丸太に吸い込まれていた。すぱん、という澄んだ音が遅れて聞こえた。その音は、アリエッタの努力が実を結んだことを告げていた。

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