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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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旅の終わりに夢を見る Ⅰ

「おや、ラムラ様のお客人でしょうか。ようこそいらっしゃいました」


 料理人の一人が手を止めてこっちまでやって来た。コックコートからはスパイスのいい香りが漂ってくる。胸の印は緑色、彼はどうやら奴隷らしい。


「すごい量でしょう。屋敷の者たち全員の分を作っておりますので、食事時は大忙しです。料理に興味がおありですか?」


「はい。食べるのも作るのも大好きです」


「私も好きよ。最近はもっと作る事にも挑戦していきたいと思っていたところだわ」


「そうでしたか! せっかくここに来たのです、是非とも教えて差し上げましょうか」


「え、いいの!? 邪魔にならないなら、お願いするわ!」


「我々なら大丈夫ですよ。では、まずは清潔な服に着替えていただきましょう。さあ、こちらへ」


「あ、忘れてた。お料理をしてるんだから、綺麗な服じゃないと。ごめんなさい」


 匂いにつられて思わず入ってしまった。きまりが悪くなったレイシーは、彼から目線をそらした。


「いえいえ、まだ入り口ですし大丈夫ですよ。あなたはどうなさいますか?」


「迷うけど、わたしはごはんの方を見てみたいです。こんなにいっぱい料理が作られているなんて、めったに見ないから」


「わかったわ。じゃあ、私がまた後で教えてもらったことを教えてあげる!」


 アリエッタとレイシーは一旦厨房を出て、共に服を着替えた。真っ白なコートと帽子を身に着けると、料理の腕前まで上がった気がした。厨房に戻ってから奥へ向かう彼女を見送り、周りをぐるりと見渡してみた。

 何もかもが大規模で、料理人たちは歯車がかみ合うような精密な連携を見せている。使用人も奴隷も関係なく、磨かれた技をまな板の上や鍋の中で披露している。室内に充満する香りは甘さ、塩辛さ、渋さ、酸っぱさ、「美味しさ」という概念を色々混ぜ込み、濃縮したかのようだ。こうして作られた逸品にありつけたら、幸せに違いない。


「すごいなあ……ん、あれ?」


 うっとりしながら歩いていたレイシーが見つけたのは、小さな鍋を見つめたまま彫像のように静止している料理人の姿だった。周りがあっちこっちと忙しく働いているだけに、その空間だけ切り取られたように浮いている。


「何をしているんですか?」


「……ラムラ様のためのメニューを作ろうとしているのです」


 料理人は顔を上げず、うつむいたまま答えた。


「やっぱり偉い人だから、違うものを食べているの?」


「いえ、そういうことではないのです。私達はラムラ様をお慕いしています。貴族の激務の中、食べることだけは大切なあの方の娯楽なのです。ですので、あの方の疲れを癒せるようなお料理を追加で作りたいと思って、少し前から有志で始めたのですが……今は少し、何を作ろうか思い浮かばないのです」


 彼は疲れきった顔で、ふぅ、とため息をついた。

 そんな彼の肩に、レイシーは手を置いた。


「わたし、心当たりがあるかも。色んな料理を食べたことがあるから」


「ほ、本当ですか? ぜひ教えてくださいませんか!? 食材なら、ここにたくさんあります!」


 彼は目を輝かせて飛びついて来た。


「わたしのお気に入りなんだ。それじゃあ、今から言うね」


 材料、料理法、味の感覚。レイシーは覚えている限り、料理の詳細をつぶさに伝えた。料理人はにこにこ頷きながら、それらを頭に入れたようだった。


「ありがとうございます! その食材なら確かまだ残っていたはずです。早速作って、本日お出ししたいと思います!」


「おいしいものを作ってね。ラムラさんのこと、とっても慕っているんだね」


「はい。私達に身分の隔てなく、優しく接してくださいます。それはもう、おこがましいですが……家族のように、つき合って下さるのです」


「……家族……」


 口から懐かしい響きの言葉が漏れ出た。


「さすがに食堂に全員入ることはできませんが、食事もきちんと時間を決めて、私達と一緒にとってくださいます。ラムラ様は本当に素晴らしいお方で、あの方のもと以外で働くなんてもう考えられません」


 嬉しそうに、誇らしげに彼は語った。


「本当に良い人なんだね。わたしもこの地域でずっと暮らしてきたから、ラムラさんにはとってもお世話になっていると思うんだ。そのお料理で、なんとか恩返しができたらなって思うよ」


「大丈夫です。この私にお任せください!」


 彼はどんっと胸を張った。




 調理を見届けてから、レイシーは一度厨房を出た。

 

「この服、暑くなってきたなあ。そろそろ着替えたいかも」


 アリエッタは料理人の講義がまだまだ終わっていなかったようなので、先に戻ることにした。更衣室に向かっていると、きょろきょろしているカールを見つけた。


「あ、カール。たしか、見回りに行っていたんだっけ。終わったの?」


「はい。一通り見終わったので戻ってきて、ちょうどあなたとアリエッタ様を探しておりました」


「意外と時間が経ってたんだなあ。料理を見るのが楽しくて、時間を忘れていたみたい。それで、どうしてわたしを探していたの?」


「ラムラ様に旅の協力を取り付けたことをお伝えしようかと」


「協力? 王都はすぐ近くじゃなかったっけ? 何を協力してもらうの?」


「色々と事情がありましてな。……どうやら怪しい奴が現れているようなので、護衛を雇うことにしたのです。その協力の準備の為なのですが、本日はこの屋敷に泊まっていくことになりました。ラムラ様も晩餐をご一緒したいそうですよ」


「ほんと!? わたしね、お手伝いしたんだ! アリエッタもお料理、教えてもらってたんだよ!」


 あの料理の出来栄えを自分で確かめられるらしい。今日はかなりついている。


「それなら、ラムラ様からご感想をいただけるかもしれませんね」

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