王女と執事
遅くなりました
---------------ヴァータス王国。
内陸部に位置する、周辺諸国から"芸術と色彩の国"と称される大国だ。
王国の都『ヴァイス』。
中央に鎮座する王城は、とても個性的だ。
白塗りの外壁に赤色、青色、黄色、緑色など。派手だが下品ではない、美しい色のコントラストで、猛獣や植物、経てしなく想える大空が描かれていた。
そんな王城の一室。
少女が一人、窓際で優雅なティータイムを過ごしていた。
全開にした両開きの大窓から秋の乾燥した風が吹き込む。少女の腰まである毛先がウエーブした緑色の髪が風に揺れる。少し切れ長の目元は緩み、同色の瞳が愛おしげに城下を眺めていた。
水路の整備によって国中に水が、貿易によって豊富な資源が民に行き渡っている。
彼女は現国王の娘にして王位継承権第一位、エリザベス・フォン・ヴァータスである。
「ルイーナ、いる?」
「はい、こちらに」
エリザベスの呼び掛けに、片腕がない燕尾服の少年が傅きながら現れた。漆黒の黒髪を緩く編み、緑色のリボンで纏めている。ルビーのような紅い瞳を己が主人に向ける。
「王弟派の動きは?」
ホルスタイン・フォン・トロイヤード。
現王キット・フォン・ヴァータスの弟の息子、エリザベスの従兄弟であり、王位継承権第三位の男だ。
「はい。トロイヤード公爵令息様は現在、同派閥の貴族と共にエリザベス王女殿下の暗殺計画を立てているようです。今回はトロイヤード公爵閣下も同席されています」
「そう•••••••••わたくしを殺せば王位が手にはいると••••••相変わらず、単純な頭をしているわ」
呆れたと溜息を吐く。
「はい。私を出し抜こうなどという"妄想"を真面目に語っておられる、馬鹿で御座います」
ルイーナと呼ばれた少年は嘲笑を浮かべ嗤う。
エリザベスには確実な後ろ盾がいない。
政略結婚だった国王と王妃は子宝に恵まれず、五年目に側室を娶った。
それが伯爵令嬢だったエリザベスの母親、エリーゼ・フォン・クロール。彼女は黒色の髪に緑色の瞳をもつ、とても愛らしい顔立ちをしていた。
国王とエリーゼはお互いに一目で恋に落ちた。
そして彼女は元気な双子の兄妹が産んだ。
エリザベスと双子の兄、ルイス・フォン・ヴァータスだ。
しかし、双子の十歳の誕生日の前日に流行り病で亡くなってしまった。
しかし、それにはある噂があった。
それは嫉妬深い王妃が、国王に龍愛を受けるエリーゼを毒殺したというものだ。証拠も何もない、本当にただの噂だが、国全体に根深く残っている。
そんな王妃は、病気の療養の為に離宮で生活している。
エリザベスの兄もこの王妃が原因で亡くなったのだが、これを語るのは、またの機会にしよう。
それらの為に、エリザベスは王女ながら、不安定な立場にある。
だが、エリザベスとルイーナが出会えたのは、これらのおかげでもあるのだから•••••••••運命の出会いなのかもしれない。
話を戻す。
今のエリザベスでは、国王の弟の息子、アルフレッドに王位継承権一位を奪われてしまうかもしれない。
それができていないのは、アルフレッドよりもエリザベスの方が王家の血が濃いのと。
一重に、エリザベスの側で美しく残酷に微笑むルイーナの功績だ。
常に命の危機に晒されるエリザベスを守っている彼は、あくまで執事だ。
匂いで毒を嗅ぎ分け、犯人を特定し、裏を暴く。
暗殺の気配を察知し、暗殺者を捕え、裏を暴く。
執事の仕事からエリザベスの護衛までをも完璧に勤める。
その他"裏"の仕事も行う最強で最凶の、執事だ。
まずは、エリザベスとルイーナの出会いから語ろう。
一年と半年ほど前。
暦の上では春だったが、まだ雪の残る日に、二人は出会った。
まだ、エリザベスによってルイーナという名はつけられておらず、ロストと名乗っていたころだ。