ある平民の少女の物語
あるところに、一人の少女がおりました。
ピンク色の髪に水色の瞳を持った、とても愛らしい少女です。
小さな田舎町で優しい両親との三人暮らし。家は少し貧乏でしたが、笑顔が溢れる、幸せな毎日を過ごしていました。
しかし、何の前触れもなく、幸せな日常は終わりを迎えたのです。
本当に、突然の出来事でした。
少女は一人、立っていました。
村全体が炎に包まれ、少女の家も、崩れ、燃えています。
少女は家族を探しました。声を張り上げて、周りを見渡します。
パパッ!ママッ!
少女は叫びました。
ガサッと、少女の後ろで何かが動きました。
ッパパ!?ママ!?
少女は振り返ります。そして、見てしまいました。
幸せな日常を壊したモノの、正体を。
それは、巨大なトラでした。
魔物と呼ばれる、体内の魔物を暴走させた理性なき、化け物です。
-------------ドスッ。
トラの魔物は、ゆっくりと少女に近づいて行きます。少女は恐怖や驚きに縛られ、動けません。
-------------ドスッ。
ガチガチと煩い音は、少女の歯音でしょうか。
少女はその場に座り込んでしまいました。腰が抜け、膝に力が入りません。
-------------ドスッ。
少女の心臓が、ドクンと脈打ちました。内側から熱い何かが込み上げて来るようです。
-------------ドスッ。
あと一歩のところまで魔物が迫って来ています。
ドクンッと、更に強く、胸が鳴りました。
-------------ドスッ。
魔物が、目の前で、大きく口を開けています。
牙には村人のものでしょうか。赤黒い血がベットリと付いています。
ドックンッと、心臓が鳴りました。
少女から何かが溢れ出し、少女の意識は暗転しました。
そのとき、少女が薄く笑ったのは、きっと、見間違いだったのでしょう。
時間は飛んで。
少女が暮らしていた小さな村は、燃えて無くなってしまいました。村を壊滅させたトラの魔物は、見るも無惨な姿で転がっていました。
少女は、魔力持ちだったのです。
暴走した魔力は、魔物と周囲にあったものを吹き飛ばしました。
村唯一の生き残りな少女は、その魔力の多さから、村を治めていた男爵家に養子入りすることになりました。
少女は部屋に籠りました。
周囲の人々は家族を失って悲しんでいるのだろうと、そっと見守ることにしました。
少女は引き取られた男爵家の部屋の隅で、蹲っていました。そして、込み上げて来る"歓喜"という感情を、必死に抑えていました。
少女は微塵も悲しんでいませんでした。
どうして悲しむの?全てストーリー道理なのに!
少女は前世の記憶があったのです。
前世の少女は乙女ゲームが大好きでした。
そして、幼いころに気付きました。
ここは乙女ゲームの世界であるとッ!
自分はそれの、主人公であるとッ!!
少女はこの転生した世界が、自分の為の世界だと信じきっています。
さぁ、楽しい楽しいゲームを始めましょう♪
少女は、気付きませんでした。
この世界のシナリオが、既に狂い始めていることに。
狂者が、少女の敵であることに。
少女は、気が付かない。