ふたりの王子
むかしむかし、とある王国に、
ラーナミとラーハムというふたりの王子さまがいました。
ふたりはふたごの王子さま。
顔はそっくりですが、兄のラーナミはとってもやんちゃで剣が好き。
弟のラーハムはおっとりしていて、本をよむのが好きという
正反対の王子さまです。
ふたりの父親である王さまは、
そんなラーナミとラーハムをどちらもこよなく愛していました。
ところがふたりが大きくなったころ、
王さまは突然病気にたおれ、息を引きとってしまいます。
ふたりの王子は王さまがいなくなってしまったことを悲しみましたが、
あるとき困ったことに気がつきました。
なんと王さまはふたりのむすこ、
ラーナミとラーハムのどちらを次の王さまにするのか、
だれにもおしえないまま死んでしまったのです。
のこされたラーナミとラーハムは、ふたりで途方に暮れました。
家来に話をきいてみると、
兄であるラーナミの方が王になるべきだと言う人もいれば、
頭のいいラーハムが王になった方がいいと言う人もいます。
そこでラーナミとラーハムは、王国をきっちり二つに分けて、
西の王国をラーナミが、東の王国をラーハムがおさめることにしました。
そうしてどちらがよりよい国をつくれるか競争し、
勝った方が次の王さまになろうと決めたのです。
ふたりはさっそく自分の国をよい国にしようと、
畑をたくさんたがやしたり、道を遠くまでのばしたりしました。
畑が大きくなれば食べものがいっぱい取れるし、
道が長くなれば、もっと遠くまで馬車を走らせることができるからです。
ところがあるとき、兄のラーナミがおさめる西の国で、
大洪水が起きてしまいました。
長いあいだずうっと雨がふっていたせいで、
川の水があふれ、家や畑の作物を押しながしてしまったのです。
おかげでラーナミの国では食べるものがなくなり、
人々はみんなおなかをすかせていました。
ラーナミはひとりでなやみます。
「ああ、すぐとなりのラーハムの国には
あんなにたくさんの食べものがあるのに、
どうしておれの国だけこんなにまずしいのだろう。
おかげで民はみんなはらぺこだ。こんなのは不公平じゃないか」
ラーナミは自分の国だけが不幸なことに、とっても腹を立てました。
するとひとりの家来がやってきて、ラーナミにこう言います。
「ラーナミさま。東の王国のラーハムさまは、毎日毎日神殿にかよって、
国がゆたかになるよう神さまにお祈りしているそうです。
ラーナミさまもそれをまねすれば、
きっとこの国もまたゆたかになるにちがいありません」
ラーナミははっとしました。
そう言えば自分は畑を大きくしたり、
道をのばしたりすることにばかり気をとられて、
もうずいぶん長いあいだ
神さまにお祈りしていないことに気がついたからです。
ラーナミはそんな自分をはずかしく思い、
それからは毎日神さまにお祈りをすることにしました。
そのころ東の国のラーハムは、家来をつれて畑の様子を見ていました。
心をこめてたがやした畑には、たくさんの作物が実っています。
ラーハムはそれを見てとても満足しましたが、
そこに西の国へ行っていた家来がもどりました。
その家来に兄の様子をきけば、なんと西の国では食べものがなくなり、
たくさんの民が苦しんでいると言うではありませんか。
「それはたいへんです。
それなら今ここにある食べものをぜんぶあつめて、
さっそく西の国へ持っていきましょう」
ラーハムは畑の実りを一つのこらず馬車にのせて、
すぐさま西の国へとはこびました。
たくさんの食べものを見た西の国の人々は、みんな大よろこびです。
「おお、ラーハムよ。おまえのおかげでおれの国は助かった。本当にありがとう」
「いいえ、このくらいあたりまえです。
困っている人がいたら助けなさいというのが、神さまの教えですから」
こうして西の国はふたたびゆたかになり、
ラーハムは東の国へとかえっていきました。
みんながおなかいっぱい食べられるようになったのを見たラーナミは、
これでもうだいじょうぶだろうと安心して、
神さまにお祈りするのをやめてしまいます。
ところが次の年、こんどはラーハムがおさめる東の国で日でりがつづき、
食べものがとれなくなってしまいました。
おかげで東の国の人々は大よわり。
その知らせはすぐに西の国のラーナミにもとどきます。
「なに、こんどはラーハムの国で食べものがなくなったのか。
それはたいへんだ。だが、ラーハムに食べものを分けたりしたら、
おれの国までまずしくなってしまう。ここは知らないふりをしよう」
ラーナミはそう言って、ラーハムを助けませんでした。
しかしラーハムは怒りません。かわりに毎日神殿にかよって、
水の神さまが雨をふらしてくださるよう、お祈りをつづけました。
すると、どうしたことでしょう。
東の国には本当に雨がもどり、人々はおおいによろこびました。
こうして西の国も東の国も、しばらく平和なときがつづきました。
ところがある年、ラーナミがおさめる西の国におそろしい知らせがとどきます。
なんととなりの国の王さまが、
ラーナミの国を自分のものにするために戦いを挑んできたのです。
ラーナミは自分の家来をやってこれを止めようとしましたが、
となりの国の王さまは強く、とても勝てそうにありません。
「このままでは、おれの国がとなりの国の王にほろぼされてしまう。
神よ、どうかお助けください」
追いつめられたラーナミは、泣きながら神さまにお祈りしました。
しかし、いつもは神さまのことなんて忘れているのに、
こんなときばかり神さまを頼ろうとするラーナミに、
神々はこたえてくれません。ラーナミは途方に暮れました。
「ああ、こんなことならラーハムのように、毎日お祈りをすればよかった。
おれの国はもうおしまいだ」
ラーナミは自分の国を守ることをあきらめてしまいました。
でも、ラーナミがそうしている間にも、
となりの国の王さまはどんどんお城へ近づいてきます。
お城が落とされてしまったら、西の国は本当におしまいです。
困ったラーナミの家来たちは、みんなで知恵を出し合って、
東の国のラーハムに助けをもとめました。
すると知らせをきいたラーハムは、ラーナミの家来たちにこう言います。
「わかりました。兄さんが困っているというのなら、わたしが力になりましょう」
ラーナミの家来たちは抱き合って喜びました。
ラーハムは自分の家来をあつめて、西の国へと駆けつけます。
戦うことをあきらめていたラーナミも、
ラーハムが助けにきてくれたことを知ると、なんだか勇気がわいてきました。
「よし、ラーハムよ。いっしょにとなりの国の王を倒そう!」
こうしてラーナミとラーハムは力を合わせ、
ついにとなりの国の王さまを追いはらうことができました。
西の国には平和がもどり、みんな笑顔で喜びます。
ラーナミはラーハムに言いました。
「ラーハムよ、おまえのおかげでおれの国は守られた。
この先おまえが苦しむことがあったなら、
そのときはきっとおれもおまえを助けよう」
「ありがとうございます。兄さんがいれば、わたしも百人力です」
ラーハムは西の国の人々に見送られて、東の国へとかえりました。
ところがその次の年。となりの国の王さまが、
こんどはラーハムのおさめる東の国に戦いを挑んできました。
となりの国の王さまはやっぱり強く、
ラーハムと家来たちだけでは止められません。
たくさんの人々が戦いで傷つき、ラーハムは追いつめられていきました。
困り果てたラーハムに、家来のひとりがこう言います。
「ラーハムさま。去年、われわれがとなりの国の王さまから
西の王国を守ったとき、次は自分がラーハムさまを助けると、
ラーナミさまは約束してくださいました。
そのラーナミさまのお言葉を信じ、
西の王国に助けをもとめてみてはいかがでしょう」
ラーハムはうなずき、さっそく西の国に助けをもとめることにしました。
ところが西の国のラーナミは、ラーハムの家来がやってくると、
あわててまわりにこう言います。
「おい、ラーハムの家来には、おれは病気で寝ていて会えないと言え。
おれは、あんなに強いとなりの国の王と戦うのはもうこりごりだ」
ラーナミの家来は、ラーハムの家来にそのように伝えました。
話をきいたラーハムの家来はびっくりして、すぐさま東の国へもどります。
ラーナミが助けにきてくれないと知った東の国の人々はがっかりしました。
それでもラーハムはあきらめません。
「みんな、最後まで希望を捨ててはいけません。
わたしたちには神さまの守りがあります。
みんなで毎日神さまにお祈りして、力を合わせて戦うのです。
そうすればきっと平和をとりもどすことができます」
みんなはラーハムの言葉を信じ、勇気を奮い起こして戦いました。
戦いは長いあいだつづきましたが、それでもラーハムたちはあきらめません。
これにはついにとなりの国の王さまもあきらめて、
自分の国へとかえっていきました。
平和がもどった東の国の人々は大よろこび。
それからまたしばらくのあいだ、二つの国にはおだやかなときがながれます。
ところが、それから三年がたったころ。
ある日、西の国ではラーナミが重い病気にかかり、
寝たきりになってしまいました。
東の国ではラーハムもおなじ病気になってしまい、
起き上がることもできません。
困ったふたりは家来に命じ、自分たちを一つの神殿にはこばせました。
ラーナミとラーハムはその神殿で、いっしょに神さまへお祈りします。
「神さま、神さま。どうかわたしたちをお助けください。
でないと本当の王さまが決まらないまま、ふたりとも死んでしまいます」
するとそんなふたりの前に、ひとりの神さまがあらわれました。
あらわれたのはエシェルという神さまで、
奇跡や幸運をもたらす力を持っていました。
ふたりの王子は、この神さまならきっと病気をなおしてくれると思い、
必死にお願いしました。
エシェルはふたりの願いをきくと、やがてしずかにこう言います。
「いいでしょう。その願い、かなえます。
ただし、わたしがなおすのはラーハムの病気だけです」
ラーナミはとってもおどろきました。
神さまにお祈りしたのは自分もおなじなのに、
エシェルは弟のラーハムしか助けないと言うのです。
それを知ったラーナミは腹を立てて言いました。
「エシェルよ。どうしておれのことは助けないのだ。
おれもラーハムとおなじ病気にかかっているのに、
そんなのはずるいじゃないか」
するとエシェルはこたえます。
「ラーナミよ。おまえの国に食べものがなくなったとき、
ラーハムはおまえを助けました。
おまえの国がとなりの国の王に攻められたときも、
ラーハムはおまえを助けました。
けれどもラーハムがおなじように苦しんだとき、
おまえはそれを助けようとはしなかったでしょう。
それに、ラーハムは毎日神殿にかよってちゃんとお祈りしていたのに、
おまえはそれをしませんでした」
エシェルの言うことは、ぜんぶ本当のことでした。
それでもラーナミの怒りはおさまりません。
ラーナミはエシェルに向かって、
「おまえは神のくせに、えこひいきをするのか。なんて不公平なやつなんだ」
と、どなりました。
するとエシェルは、どこからともなく青い木の実を取り出してこう言います。
「では、これを見なさい。この木の実を、おまえたちの不幸の数とします。
まずは、大洪水で飢えに苦しんだラーナミに一つ。
おなじく日照りで飢えに苦しんだラーハムにも一つ。
飢えても兄に助けてもらえなかったラーハムに一つ。
となりの国の王に攻められたラーナミに一つ。
おなじくとなりの国の王に攻められたラーハムに一つ。
国がほろびそうになっても、兄に助けてもらえなかったラーハムにもう一つ。
そして、重い病気にかかったふたりに一つずつ……」
エシェルはラーナミとラーハムの不幸の数をかぞえながら、
ふたりの前に青い木の実を置いていきました。
すると、ラーナミの前には三つの木の実が、
ラーハムの前には五つの木の実がならびます。
エシェルはそれを見て言いました。
「ごらんなさい。こうして見ると、
おまえよりもラーハムの方が二つも多く不幸をせおっている。
このままでは不公平だ。
だからわたしは〝不治〟と〝死〟という二つの不幸をおまえにあたえ、
ラーハムだけをなおすのです。これなら不公平ではないでしょう」
エシェルの言うことはもっともでした。
ラーナミはうなだれて、なにも言えなくなってしまいます。
かくしてラーハムの病気はなおり、たちまち元気になりました。
しかしラーナミの病気はどんどん重くなり、やがて死んでしまいます。
ラーハムはラーナミの死を悲しみ、大きなお墓を立てました。
それからラーハムは王さまとなり、国を一つにもどします。
ラーハムは王さまになってからも毎日神殿に足をはこび、
神さまに平和を願いました。
やさしいラーハムにおさめられた王国では、
みんながいつまでもいつまでもしあわせにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。