5
それから部活に明け暮れる日々が続いた。
公式戦が近くなり、
どんどんと調子を上げていった僕は
レギュラーを確固たるものにした。
「凄いねえ。こんなに部員がいて
先輩も沢山いるのに」
優海は、うんうんと頷きながら
尊敬の眼差しを僕に向けてくる。
それだけで嬉しかったし
もっと上手くなろうとひたむきに練習を続けていた。
梅雨真っ只中というのに、快晴だった。
そんなある日の昼食時、ふとこんな話を耳にした。
「夏田がサッカー部の先輩に告白されたらしいぞ!」
同じクラスで仲の良い友人が言った一言。
思わず冷静さを保てなくなる。
誰先輩だろう…。
気になって仕方なかった。
この時、胸を締め付けるような…
胸が苦しくて息もできないような…
そんな感覚に陥る。
優海はなんて答えるのだろう。
もしかしたら付き合うのかな。
そうなったら、あの笑顔が
もう僕に向けられることは
ないかもしれない。
嫌だ。僕だけに向けて欲しい。
僕だけを見て欲しい。
そう思った僕がいた。
いてもたってもいられなくなった僕は
優海を探す。
教室にはいない。購買にもいない。
思いつく場所どこを探してもいない。
結局見つけることが出来ず、
放課後まで待つしかなかった。
部活前に優海と話しをした。
と言うより思い切って単刀直入に聞いた。
「先輩に告白されたんだって?」
『そうなの。2年生の○○先輩。』
「あぁ、トップ下でレギュラーの。」
この先輩は、エースと言っても
過言ではない程上手い。
それにイケメンだ。
僕にとっても、彼からのパスが
彼との連携があるからこそ活躍できる。
尊敬もしている。
「で、どうしたの?」
僕がさり気なく聞くと
『うん。オーケーしたよ。』
ニコリともせずに淡々と答える優海。
僕は頭が真っ白になり、
「そっか。幸せにしてもらえよ。
よし!練習頑張るか!」
そう言って駆け出す。
今の表情を見せたくない。
どんな顔をしているのか
自分でも分からない。
部活頑張るか…。
明らかに空元気で、
でも他に集中しないと
どうしようもなくて。
練習に取り組む事にした。
公式戦間近という事で公式戦をメインに
練習をしている。
《おい!ボーッとするな!!!》
そう声を掛けてきたのは
優海の彼氏になった?○○先輩だった。
なんでこんなタイミングで
話しかけてくるんだよ。
そう思ったが
「すみません!気をつけます。」
そう答え○○先輩からパスを受け取り
ドリブル突破を試みる。
その時だった。
相手チームの3年生のスライディングが
ボールではなく左足に直撃し
そのまま倒れ込んだ。
立ち上がることが出来ない。
怪我を騙し騙し続けていたからなのか。
《おい。大丈夫か?悪かった。》
そう言いながら手を差しのべる3年生。
しかし、立ち上がることが出来なかった。
すぐに左膝に激痛が走る。
痛みが増して、意識も朦朧としてくる。
ついに、遠くなる声に反応出来なくなった。
次に目が覚めた時は
ベッドの上だった。
《気付きました?》
医師と思われる年配の男性。
「僕は…」
《君は、転倒した際に
脳震盪を起こして倒れたんだ。》
あぁよかった。それだけか。
すると医師は、こう続けた。
《君にとってはもっと深刻な話がある。
左膝の前十字靭帯全断裂が確認された。
最悪の場合サッカーはもう
出来ないかもしれない。》
まさか。と思ったが左足が動かない。
《ほとんどの場合術後1年を目処に
復帰は出来るだろう。
しかし、メンタル面を考慮すると
あまりオススメは出来ない。》
言いたいことはすぐに理解した。
また怪我をするんじゃないかと
思うようなプレーが出来なくなるだろう。
なんてことだろう。試合が迫っていた。
サッカーが好きだから、どんなに辛くても
努力してきた。
ううん。違うんだ。そう自分に
言い聞かせるようにふとこんな事を思った。
サッカーが好きだから。ではなくなってた。
優海がいるから。あいつにカッコイイとこを
見せたい。その一心にいつからか変わっていたんだ。
その優海は、もう僕に振り向いてくれることはない。
優海と同時にサッカーまでも失った僕は
ただただベッドの上で涙を堪えるので精一杯だった。
いつの間にか外は梅雨らしい雨が降っている。
まるで僕の代わりに泣いているかのようだった。