5話:部屋掃除
はいどうも、鳴月です。
今のところは3日に一回程度の更新率となってます。順調(?)です。
鏡のムコウに見えた世界Ⅱ―セカンド―は視点が何度も切り替わるので、注意して読んでいただけると幸いです。
朝、カーテンの隙間から漏れる光によって半ば強引に目覚めさせられた俺はベットの上でしばらく固まっていた。
考え事をしていたのだ。 あちらの世界についてのことと、姉貴のことについて。
結局灯花さんや狩暗に聞きそびれてしまったが、俺の姉貴はそこに居たのだろうか。
いや、少なくとも群青の雌鳥にはいないと思う。 もし、いるとするならば他の組織。赫逢騎士領団は全滅した。廻折研究室もほぼ同様。 では、今回現れたという新勢力に姉貴は所属しているのだろうか。
逆に、どこにも所属していないとも考えられる。あちらの世界は広い。広いという問題以前に全体が明らかになっていない。そんな中でたった一人の人を探すのは無理だろう。
しかし、あちらの世界に居ることは分かったのだ。どのような理由で電話が繋がったのかは理解できないが、俺はその現象を一種の知らせのようなものと考えている。
だからこそ、俺は姉貴を探さなければならない。理由を知りたいからだ。
俺のように巻き込まれたわけでもなく、そこに存在しなければならない理由を。
家族をこれ以上無くすのは俺が耐えられないから。ちゃんとした理由と存在を証明してほしいから。
そうじゃないと、残された方は………。
ピンポーン! とチャイムが鳴り響いた。 おそらく一階のエントランスで誰かが俺の家を訪ねたのだろう。
ベットから腰を上げ、部屋にあるインターホンで確認すると、そこには悠斗の姿が映っていた。御崎悠斗、俺の唯一といってもいいかもしれない友達で、学校ではよくつるんでいる。いつものように狼を模した髪型をしながらもインターホンに顔を近づけている。
「あれ、起きてないのか? いつもより遅いから迎えに来たんだけどー、センセーに怒られるぞ?」
そんな悠斗の言葉を聞いて時計を振り返る。
現在時刻、8:00。
このままいけば完全なる遅刻だった。俺はインターホンの発信を押して。
「悠斗! すぐ行くから待っててくれ!」
そう叫んでから学校に行く準備をしたのだった。
朝のホームルームまであと30分。
寝ぼけていた怜那に朝食・昼食について一通り伝えてから一階まで降りると、悠斗が腕を組みながら待っていた。
「どうしたどうした? 玲夜が遅起きなんて珍しいな」
「いや、ちょっと昨日ね……」
まさか鏡の別天地に行って帰ってきたばかりとは言えない。
ちなみに、昨日こちらの世界に帰ってこれたのは12時のことだった。向こうとは大きな時差が存在するので、夜中なのに眠くないと言った身体がおかしな状況だったので、このまま学校の時間まで起きていても大丈夫かなと思っていたのだが……、甘かった。
やはり人は暗くなると眠くなるものなのだ。
「ま、いいや。とりあえず学校まで走ろうか」
「あぁ……」
悠斗の言葉に同意し、俺は走り出す。
朝から学生服でランニング。それは周りの目を引くのは当然だった。
過ぎゆく人の波の中に、彼を見た。
俺は、確かに見たんだ。
廻折研究室室長を───────────。
「なっ!」
急ブレーキをかけ、彼のいた方向を二度見る。
確かに、人の波の中。派手な服を着たマネキンが収まっているショーウィンドウに背を預けていた彼は、こちらを見て笑っていた。
そんな、まさか。
室長はキリカによって消されたはず、それは目の前で見た。間違いなく彼は腕を残して消えた。
だが、消えたことを確認はしていない。もし、身体が消され、腕だけが残ったという結果ではなく腕だけが切り取られて身体は存在していたという結果だったとしたら。
彼は死んでいなくて当然だ。
現に、目の前の彼は切り落とされた片方の腕が存在していなかった。
「玲夜?」
そんな悠斗の声も聞こえず、俺はただ頭の中が真っ白になっていた。
一瞬の瞬き。その間に室長は俺の目の先から消え去っていた。
幻覚、そんな言葉が俺の頭の中をよぎる。もしかしたら俺は寝ぼけていたのだろうか。
ありもしない俺の妄想がここで虚像を結んだだけだったのかもしれない。
「れーいーやーっ!」
悠斗の声で我に帰り、再び辺りを見渡した。室長らしき影は見当たらない。
本当に見間違いだったのか。
「早くしないとマジで遅刻だって! センセーに殺されるぞ!」
携帯で時計を確認してみた。現在時刻8:20。
間違いなくこれは遅刻コースだった。
「さて、言い訳を聞こうか」
ホームルームの途中に侵入を試みた俺達はすぐにセンセーに捕まり、その場で説教を受けていた。
上下黒のジャージで、化粧や衣服に無頓着な我が担任。海藤詠先生だ。
この先生の噂にはほとんど偽りがなく、全てが真実という少し危なげな特性を持ち合わせている。
普通、噂というものは多少着色されているはずなのだが、このセンセーに至っては着色するまでもなくバイオレンスな話題を提供してくれるらしく、噂が真実と言った現状を生み出している。
「先生! 俺はただ、玲夜を待っていたら遅れてしまって!」
「なにぃ!?」
汚い! 俺を売ってまで助かろうとしているのかこの男は!
センセーに気付かれないように悠斗に視線を向けると、『悪りぃ☆』といったような顔をしていた。
腹が立つ。というか、悠斗が俺を迎えに来た時間だってギリギリ遅刻だったはずだ!
「よかったな、音城。いい友達がいて」
「いきなりなんですか……」
「資料室の掃除を共に出来る友達がいて良かったな、と言っているんだが」
資料室─────────。あのゴミ屋敷同然の資料室。あんなところを掃除するのかっ。
というか、そこは去年悠斗が掃除したんじゃなかったのか。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
何を思い出したのか、悠斗が頭を抱えて崩れ落ちてしまった。おそらく相当なトラウマだったのだろう。
俺は資料室の全貌がどんなものなのかが分からないので、悠斗のこのリアクションがちょっと恐ろしくも感じてしまっていた。
なので。
「先生! 俺、実は悠斗に無理矢理誘われて……」
「なぎぃ!?」
次は悠斗の番だった。
「お前は俺を殺す気なのか? あんなところを夜遅くまで一人で掃除整頓するなんて死んでしまう!」
悠斗は目に涙を溜めて俺を見る。もちろん可愛くない。
「音城、お前も面白い嘘をつくようになったな」
「スミマセンデシタ」
邪のオーラがセンセーから漂っていたので、すぐに謝ることにした。
「お前らは放課後に資料室の整理だからな。はい、みんな拍手」
ぱちぱちぱち……と哀れみや同情を含んだ視線をクラスメイトから集めてしまっていた。
そんな中で一人、集団とは違う行動をしている奴がいた。
普段ではありえない。窓の外を眺めながらボーっとしていた。天川莉瑚だ。
俺の幼馴染、元恋人(?)。前までは捩じり捩じれてややこしい関係だったのだが、今は違う。
正確には言葉で表せられないのだが、少なくとも最悪ではない。
「音城、話は終わっていない」
バコォン! と名簿で頭を叩かれ星が散る。脳細胞が一気に最期を迎えた。
この人は手加減というものを知らないのだ。
放課後がやってきた。資料室の前に集められた俺達は、センセーが来るのを待っていた。
資料室には鍵は掛かっていない。しかし、センセーが言うことには。
『なんか大事な資料が転がってるかもしれないから勝手には入るな。私の監督のもとで働け』
だそうだ。
それ以前にそんな場所を生徒に掃除させていいのだろうか、と思ったりもするのだがセンセーはおそらくそんなことすら考えていないだろう。いや、間違いなく。
「お前ら、待たせたな」
朝と変わらずに上下黒のジャージに身を包んだ詠先生はすぐに資料室に指を指した。
「掃除」
吐き捨てるようにそう言って、腕を組む。まさか本当に監督するつもりなのだろうか。
俺は嫌な予感をヒシヒシと感じながらも資料室のドアノブに手を伸ばした。
その時、そう言えばと先生がまた言葉を発する。
「私は職員会議があるからな、勝手にやっておいてくれ」
「朝の台詞の意味は!?」
「うるさいな音城。時には仕方のない時だってあるだろう?」
「いや、でも……」
「知らん知らん。お前らが黙っていれば済む話だろう」
そんな事を言ってから踵を返そうとするセンセーに向かって次は悠斗が発言した。
「先生! もし今が仕方のない時だとして、俺がサボったらどうしますか!?」
かつん、とセンセーの歩みが止まった。振り返る。
美しさがあるその顔に黒い笑みをたたえて、センセーは言った。
「放火より恐ろしいことがお前だけに降りかかる、だろう。いや、絶対」
「よっし、玲夜。 しっかり掃除しような!」
悠斗はすでにセンセーの顔を見てはいなかった。シュビババ! と背を向けて資料室のドアノブに手をかけていた。
確かに今のは俺も怖かったと思う。
センセーのアノ顔を頭の中から追い出し、資料室の掃除を始めることにした。
後に、中で何を発見するかもわからずに。