2話:愛心家族
諸事情により、明日投稿出来なくなったので今日投稿することになりました。
「お久しぶりです、灯花さん」
怜那とともに鏡をくぐり、こちらの世界にやってきた俺たちは真っ先にアジトに立ち寄った。
「やーやー、ほんっと久しぶり。れーちゃん、れいやん」
赤一色で統一された灯花さんのファッションはいつも通りだった。
アジトは新たに建設された支部を使っており、地下にあるにも関わらず、まるで高級なホテルのようだった。
「灯花さん、あれから現実世界では半年ほどたったんですけど……。こちらでは何かありましたか?」
怜那が灯花さんにそう訊く。
こちらの世界での大体三日は現実世界の一日なのである。
それから考えるに、現実世界で半年が経ったのだからこちらでは単純計算で一年半経っていることとなる。
それだけ時が経てば状況は変わるものであると俺は知っている。
「んー、そうだね。簡単に説明すると────────」
灯花さんが説明してくれたことを要すると、こんなことが起きていたらしい。
俺が現実世界に飛ばされた後、怜那は『鍵』を『棺』、いやキリカに使用して封印を施したらしい。
その後、怜那は気絶してしまい。何も覚えていなかったのだという。
怜那の目が覚めた時、そこにはもうキリカの姿はなく、粉々になった『鍵』と石で床を削って残したさよならの文字だけがあったらしい。
しばらくしてから現実世界に飛ばされた灯花さんが再び戻ってきて、怜那や狩暗や沙希さん。リクを救出してからリツカ姫も助けたのだという。
リツカ姫には特に怪我はなく、問題はなかったそうだ。
それからリツカ帝国と共同で救出作業を続け、姫の能力で全員を回復させたそうだ。
それから数カ月は何事もなく、平和に暮らしていたらしい。
そしてどの程度の広さかさえ分かっていないこの世界を広げていく作業、つまり地図を作っていく作業を行いつつ今に至るという。
「じゃあ、特に大掛かりなことはなかったわけですね?」
「うん、そうだね。何? 心配してくれてたのれいやーん!」
「え、まぁ、それなりには……」
灯花さんが肩に手をまわして組んでくる。ちょっと近すぎやしませんかね……。
その、色々と大変なので。
その時、ゴォォッと何か嫌な殺気のようなものを感じた。怜那だ。
「ど、どうしたし……」
俺は灯花さんのロックから抜け出し、静かな怒りを滾らせている怜那に訊いた。
「べーつにぃ。 なんでもないけどね!」
「おやおや、れーちゃんやきもち?」
いつの間にか怜那の隣に移動していた灯花さんが肘で怜那をつつく。
その瞬間、ボッ! と怜那の顔が何故か茹であがったかのように赤くなり、テンパりはじめた。
「べべべべ、別にそんな事はないですよ灯花さん! ってか変なこと言わないでください誰がこんな奴なんかに!」
まくしたてるように吐きだした台詞の後にぜはーと肩で息をしている怜那。
そんな少女を見てひゃっひゃっひゃっと笑う灯花さん。
なんだか、平和だなぁと思ってしまった。
しかし、その瞬間だった。
ゾクリ、と嫌な殺気・オーラのようなものを背後から感じた。嫌な雰囲気だ。
「よぉ、久しぶり」
振り向くと、そこに居たのは狩暗颯鬼だった。半年前と変わらずに彼はまたニヤリと笑っていた。
それは見る者を不安にさせるような笑みだったが、俺は少し慣れてしまっていた。
「狩暗颯鬼……。久しぶり」
俺の言葉を聞くとまたもニタリと笑い、ついでに怜那の方へ目をやった。
「そっちのも、久しぶりだな」
「うっ……。久しぶり」
そう言えば怜那は狩暗に苦手意識を持っていたような気がする。初めて会ったときも敵対心を抱いていたような気がするし。
「ふうん……、なぁお前。久しぶりに手合わせしないか?」
値踏みするような目つきで俺のことをて、そんな事を言い出す。
いや、それは困るんだが。
「や、止めとく」
「っはは。ビビってやがる、絶望と戦った奴の台詞かよ」
「あのときは……」
「ま、いいさ。 気が向いたらいつでも戦ってやるからな。……とはいっても、今じゃあ俺が消されるかもしれねぇけどな」
そんな事を言いながら去っていく狩暗。やはりあいつはよくわからない。
それにしても今の狩暗との話の話題にも挙がったが、キリカは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
どんな能力を持っているにしても、一人の女の子なのだ。心はちゃんと存在しているのだ。
寂しいだろう。そんな事を考えてしまう。
「あんた、何ぼーっとしてんのよ」
気がつくとまたも不機嫌そうな怜那の顔が横にあった。
こいつはさっきから何がそんなに気に食わないのだろうか。
「ふふふ……れーちゃん。 大変だね」
「何がですかっ、灯花さん! 変なこと言わないで下さいよ!」
「まぁまぁ、ゆっくりしていくといいよ、れいやん。 平和っちゃあ平和だからね、ほとんど心配はいらないよ」
「勝手に話を切り替えないでください! ちょっと、あんたも!」
そんな怜那の喚き声も虚しく、灯花さんは怜那をからかい続けた。
男は何もない砂漠を歩いていた。
自分は『災害』と呼ばれていた人物。ただ、いつの間にかその能力は失われて、今はただこうして放浪しているだけである。
今までのように目を瞑る必要もない。見たいものを見ることが出来る。
しかし、そう考えると本当に自分は魔眼だったのだろうか。
アノ気味の悪い研究室で開発されてから、自分は最狂の能力を持った。
見るもの全てを破壊し、自分の行いに心までもを壊しかけた。 時には多くの軍勢が自分を攻めにきたこともあった。
だが、それも視るだけで、戦場は一瞬にして静寂に包まれる。 話し合う余地もない、自分でどうすることもできない。だからただ眼を開けて、現実を見据える。
そして、消える。
今現在は能力が何らかの理由で無くなってしまっている。
だからこうして景色を見ることが出来るし、暗闇に閉じこもる必要もない。
最初の疑問に戻って考えてみる。
では、魔眼ではなく一体なんだったのか。
答えは出ない。
おそらく、答えを知るものはこの世界にはまだいないのだろう。
だって、この世界は謎だらけだから。
だって、この世界はいつだって無常だから。
砂漠の小さな丘を越えると、向こう側に小さな集落を見つけた。
おそらく血無しが集まりできたものなのだろう。
瞬間、その町が火の海に包まれる。
劈く悲鳴、鳴り響く鐘の音。
久々に、音を聞いた。絶望を知らせる音が、鼓膜を震わせた。
何が、何がこんなにもショックだったのだろうか。いつしか自分の心は真っ白になっていた。
想像はできた。
おそらく、自分が能力から解放されて、初めに視た平和な光景が一瞬にして消え去ったから。だから、心に重く圧し掛かったのだろう。
自分は関係が無くても、観測者としてその時点で傷は刻まれた。
自分の存在意義と力の無さ、そんなものが溢れだし咽返る。
「恐ろしい光景ね」
ふと、後ろから少しかすれたような女性の声が聞こえた。
男は振り返る。するとそこには黒のドレスで着飾った細身の女性がいた。プラチナブロンドの髪に、整った顔立ち。背中には大きな筒のような物を背負っている。
久しく人の顔など見ていなかったので、違和感のようなものを感じた。
「恐ろしい、光景だ。 胸が抉られるくらいに、辛い」
「そうでしょう。それが普通の反応、あなたはちゃんとした心を持っている人」
「あなたは……?」
男が弱々しく訊ねると、女性は微笑んで男に眼差しを向ける。
「私は愛心家族の『母』。フォイアー・インハイト、あなたは?」
「……自分? ………覚えて、ない」
記憶が、壊れていた。
いつしか自分は災害と呼ばれるようになり、この世界を延々と彷徨っていた。
その時と並行して、記憶もどこかに置き去りにしていしまったのかもしれない。
自分の名前さえも。
「そう、可哀想にね。記憶が無いのかしら。 でも大丈夫、私が名前をあげましょう」
「名前を……?」
「その代わり、あなたは私たちの家族となるの。 私は『親』、あなたは『子』という風にね」
「…………」
家族、そんな言葉は久々に聞いた。
温かくて愛情というものに溢れている一つの集合体。そんなものの一部に、自分はなれるのだろうか。
「名前は……そう。アウガン・インハイト、それがいいわね」
フォイアーはにっこりとほほ笑むと、男──────いや、アウガンに向かって手を差し伸べた。
アウガンもおずおずと手を伸ばし、その手に触れた。そして、握り返す。
悲鳴はもう聞こえない。鐘はもう鳴り響かない。
いつの間にかこの場所は無音になっていた。
向こうに見えるのは、薄黒い燃えカスが残った集落。息をしている者はいない。
儚くも燃え尽きてしまったのだ。
「ようこそ、私たち愛心家族の輪に。 きっとみんなも歓迎するわ」
女性の声は慈愛に満ちていた。