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3. 運命から逃げるには

「あれ~? Ω因子増えてるねぇ」


 累と会った翌日、千歳は学校を休んで主治医である高坂の元を訪れていた。

 万が一を考え、今よりも強い抑制剤を処方してもらうことと、あとは、累と出会ったことで体に影響が出ていないかを急いで確認したかったからだ。


「やっぱり……どうしよう」


 結果はやはり予想通り。

 とはいえ、望んでいない結果に千歳の肩ががっくりと落ちていく。


「『やっぱり』って、なんかあったの?」

「……多分、“運命”に会いました」

「えぇ?!」


 高坂のあからさまに嬉しそうな声に、千歳は顔を引きつらせた。

 Ω性の研究者である高坂は、このままβに確定することを望んでいる千歳の意思を尊重してはいるものの、本心としてはΩへと変化する様子が見たいと思っていることは千歳も気づいていた。

 運命の番と出会えば、千歳はΩになってしまう。研究者として思わず喜んでしまうのは納得できるが、千歳だってイヤなものはイヤだ。


「喜ばないで下さいよ!」

「だって、運命の番でしょ?! 会おうと思って会えるものじゃないんだよ! 今度その子連れて来てよ!!」

「嫌ですよ! 僕はβになりたいんです! だから、そいつとはもう会うつもりはありません」

「えー無理だと思うよ。千歳くんが気付いたってことは、向こうも気づいてるでしょ? 運命の番に対するαの執着を舐めちゃだめだよ」

「それが、微妙なところなんですよね……」


 運命の番と言えば、“目が合っただけで発情する”なんて聞いたことがある。でも、千歳は累に触れられるまで“運命だ”ということには気が付かなったし、今思えば匂いも感じなかった。

 累だって明らかに千歳を気にしてはいたものの、発情している様子はなかった。

 希望的観測ではあるが、お互いに抑制剤を飲んでいたうえに千歳がβだと名乗ったせいで、累はまだ千歳が”運命”であることに気が付いてはいないのではないだろうか。


「ふーん。まぁ今の抑制剤はほんとによく効くからね。でも、たとえまだ気づいてないとしても、接触してたらいずれは気が付くよ、絶対に。そのくらい運命の結びつきは強い。多分、軽い粘膜接触、たとえばキス程度で千歳くんは完全なΩになる。もし本当にΩになりたくないのなら、徹底的に会わないようにしないといけないよ」


 昨日、累と一緒にいた時間は1時間もない。身体的な接触だって、一瞬腕を掴まれただけだ。それなのに、千歳のΩ因子は増えてしまった。

 Ωになりたくない。

 これまでずっとそう思って生きてきたが、そんなことにはならないだろうとどこかで思っていた。

 それなのに、累に出会ったことでそれは現実的に起こりえることになってしまった。

 もう、絶対に会わないようにしなければならない。

 何よりも、もしまた会ってしまったら、もし触れてしまったら、きっと自分の中のΩは累を求めてしまう。

 そうなってしまうのが千歳は一番怖かった。


「千歳くん、僕は二次性の研究者だから、Ωの人たちが苦労している様子も確かにたくさん見てきたよ。でも、Ωとして番と愛し合って生きていくことが、どれほど尊くて素晴らしいものかも知ってる。だから、Ωとしての自分も否定しないで、何が千歳くんにとって一番幸せなのか、考えてほしいと思ってるよ」

「……はい」


 高坂が言いたいことは分からなくもない。αとΩのカップルは多くはないが、少なくもないない。幸せそうに腕を組んで歩く姿を、千歳だって見たことがある。

 そうは言っても結局は他人事で、自分のこととなると話は別だ。ずっとβとして生きてきた千歳にとって、“Ωとしての幸せ”なんて簡単には想像できない。

 何より、今まで無縁で過ごしてきた“本能”というものがどれほど抗いがたいものかを知り、恐怖を抱いてしまった。

 だから、やっぱりβして生きていきたい。そのためにも累とは絶対に接触しないようにしなくては――。千歳はそう心に固く誓った。



 翌日、千歳は念のため昨日病院で処方してもらったいつもより強い抑制剤を飲んで登校した。ところが、どうやらこの薬が体に合わなかったようで、一日中頭痛に悩まされる羽目になっている。


「千歳、今日ずっと具合悪そうだけど、大丈夫?」

「ちょっと頭痛くて……連日で悪いけど、今日も部活休むね」

「うん、そうしな。送ってこうか?」

「大丈夫だよ。湊は今日も撮影あるでしょ?」


 湊は一年生から千歳と同じクラスで部活も同じことから、千歳にとっては一番気の許せる友人だ。

 それでも、千歳が『未確定』であることは話してはいない。

 隠し事をしているようで後ろめたい気持ちになることもあるが、β同士として気安い関係でいたかった。


 湊と別れ、千歳は学校を出た。でも、頭痛はひどくなる一方だ。

 ふらつきながらもなんとか自宅に向かう。通常なら徒歩十五分程度の道のりが、途方もなく長く感じられる。重い体を引きずりながら足を進め、ようやく我が家が見えたことにほっと息をつくと、途端に気が緩んでしまったのか、ぐらりと体が傾いた。

 千歳が見た景色はここまで。白く染まっていく意識の中で、ふわりと浮いた体を今までに感じたことのないほどの良い香りが千歳を包み込んだような気がした。



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