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25. 運命が動き出す

 異変を察したのは文化祭の翌週の月曜日。放課後のことだった。

 部活はすでに引退したが、放課後は湊と図書館で勉強をしている。そこへ部活を終えた累が迎えに来るのが最近のルーティンだ。

 でも、今日は放課後になってすぐ、クラスメイトが何かに気づき、騒ぎ始めたのだ。


「なぁ、外。やばくね?」

「えっ、何あれ」


 クラスメイトたちの言葉に千歳は湊と顔を見合わせると、そろって窓の外を覗き込んだ。

 千歳たちのクラスからは校庭の先にある正門が正面に見える。そこに、いつもはない人だかりがあった。

 遠目ながら、他校の制服を着た女子が多いように見える。


「えっ、なんだろう?」


 湊から返事はない。眉をひそめ、何か考えるように顎に手を当てていた。その難しい顔に、嫌な予感がよぎる。思わず湊の袖を引いた、その時。校内放送を知らせるチャイムが鳴り響いた。


『一年一組、佐久間 累さん。三年一組、七海 千歳さん。至急、校長室まで来てください』


 何事かとクラスのざわめきが大きくなる。千歳は無意識のうちに、湊の袖を掴んでいた手に力を入れていた。


「湊……」

「とりあえず行こう。俺も一緒に行く」


 湊の言葉に頷き、千歳は教室を出た。


「やっぱり外のことと関係あるのかな」


 二人並んで廊下を歩いていると、すれ違う生徒からはやはりチラチラと好奇の視線を送られる。それに耐えられず、職員室へと向かう足が自然と早くなっていく。


「多分な。でも大丈夫。千歳のせいじゃない」

「えっ、なんか知ってるの?」

「……佐久間が出てた文化祭の劇の動画が拡散されてるっていう話は聞いた」


 それが千歳に何の関係があるのか。不安なまま湊を見上げる。すると湊は目元を緩め、「大丈夫だ」と千歳をなだめるように優しく頭を撫でてくれた。

 最近はしなくなっていたが、千歳の二次性を湊に知られる前は、よくこうして湊は千歳の頭を撫でた。それは千歳が何か失敗をして落ち込んだ時や腹を立てているとき、そして、今みたいに不安になっている時。その温もりはいつも千歳の心を落ち着かせてくれた。

 つい、千歳より大きなその手に甘えてしまいたくなる。

 でも、もう前とは違う。この優しさに”友情”以外のものが含まれていることを知ってしまった。その想いと同じものを千歳は返せないのに――。

 そう思うと、ぎゅっと心が絞られたように苦しくなる。

 今だって、本当なら「一人で行くから大丈夫だ」と湊に告げるべきなのに。その勇気が出ないまま、気づけば目的地にたどり着いてしまった。


 すべてを後回しにしてきたつけがとうとう来たのかもしれない。

 そう思いながら、千歳はドアを開けた。


「失礼します」


 中にはすでに累がいた。校長室にはソファセットが置かれており、累はその一つに腰を掛けているのだが。その隣には他校の制服を着た女子生徒が座っていた。大輪のバラのように美しく、存在感のある女性だ。

 千歳はその人を見た瞬間、思わず息を飲んだ。


 ――αだ。


 しかも、多分累や湊と同じ上位種のα。

 もともと人口の比率的にαは10%程度と言われている。その中で上位種のαは1%にも満たない。そして、女性のαというのはさらに数が少ないのだ。

 そんな人がなぜ累の隣に――? 千歳が足を止めた瞬間、後ろにいたはずの湊がさっと千歳の前に立った。


「湊さんは呼ばれてないよね?」

「俺がいたら何か問題あるのか?」


 相変わらず二人は言い争いを始めるが、今はそれどころじゃない。でも、二人を止めたのは千歳ではなく、涼やかな女性の笑い声だった。


「累がこんなにむきになっているのなんて、初めて見たわ」


 その声を聴いた瞬間、ツキリと小さな痛みが千歳の胸に走った。なんだろう? と手を当ててみるが、何事もなかったように心臓はいつも通り動いている。千歳が一人首をかしげていると、その場にいた校長がようやく口を開いた。


「七海くん、突然呼び出してすまなかったね」


 座るように促された千歳は、なんとなく女性の前に座るのはためらわれ、累の前に腰を下ろした。湊は座らないのかと聞いたみたが、ただの付き添いだからと、千歳の横に立ったままでいる。申し訳ないと思うのに、湊がそばにいてくれることに、ついほっとしてしまう。


「まずは自己紹介ね」


 そう口火を切ったのは、累の隣に座る女性だった。彼女は千歳を見て、にっこりと笑っている。別に敵意は感じない。それでも、なぜか千歳は彼女と目を合わせることができない。


「私は所沢(ところざわ) 優里恵(ゆりえ)


 彼女はこの地方でお嬢様学校と名高い女子高の二年生だという。凛としたその声は、自信に満ち溢れ、聡明さを感じる。でも、優里恵はなぜかそこで言葉を止め、千歳をちらりと見た。

 そして、きれいな赤い唇の片隅をわずかに引き上げ、累へと視線を戻すと、楽し気に意地悪な笑みを浮かべた。


「累の元婚約者よ」


 その言葉に、千歳は反射的に顔を上げた。でも、驚いたのは千歳だけではなかったらしい。


「余計なこと言うなよ?!」

「別に隠すことでもないでしょ?」


 くすくすと笑う優里恵が、その反応を確かめるように、再び千歳に視線を投げかける。

 ――明らかに、挑発されている。

 千歳は思わず逃げるように視線をそらしてしまった。

 ”元”とは言ったが、もしかしてまだ関係があるのではないか。二人の親しげなやり取りに、心に余計な邪推が湧き上がる。千歳には関係のないことだとわかっているのに、勝手に眉がググっと寄る。


「話を進めていいか?」


 いらだった声を出したのは湊だった。その声に千歳ははっとする。


「俺は田所 湊。三年だ」


 やはり湊が一緒に来てくれてよかった。そう思ってしまう自分の弱さが情けなくて、嫌になる。

 千歳はぎゅっと手を握り、前を見た。そして、湊に続くように、千歳も彼女に向かって、はっきりとした声で名乗る。今度はちゃんと、彼女の目を見て。


「七海 千歳。三年です」


 αだからなんだ。累の元婚約者だからなんだ。千歳が彼女に臆する理由なんて一つもない。

 例え、累と並ぶ姿があまりにも自然で、完璧な絵のように見えたとしても――。


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