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24. 運命は跪く

 千歳たちの通う学校では、夏休みが終わるとすぐに文化祭が開催される。準備はほとんど夏休み中に行うため、三年生はクラス展示がない。部活の発表や模擬店に参加する人もいるが、すでに部活を引退している千歳と湊にはそちらもなく、当日参加するのみだ。


 一年生である累は夏休み中に何度か学校へ準備に行っていると言っていた。部活では屋外で模擬店を、クラスでは体育館で劇をするらしい。そのため当日はシフトや準備に忙しく、千歳と回る時間がとれそうにないと落ち込んでいた。

 そんな累を見て、湊が「千歳は俺と回るから心配するな」とか言って嬉々として累を煽るから、また二人で仲良く騒いでいたのは言うまでもない。



 そして、文化祭当日。


「ぜーーったい、見に来てね!!」


 と累に約束させられたこともあり、千歳は湊と連れ立って累のクラスの劇を見るために体育館へ来ていた。


「わっ、もう席いっぱいだ」


 まだ開演時間の十分前だというのに、並べられた椅子はすべて埋まり、周囲は立ち見客でごった返している。体育館内は冷房が効いているはずなのに、人々の熱気が温度まで上げているのか、少しだけ暑い。

 どうしてこんなに混んでいるのかと驚きつつ、千歳は何とか舞台が見える位置を確保した。


「すごい人だねぇ」

「ほとんど全員、()()()目当てだろ」


 千歳はなるほど、と頷く。千歳の周りをうろちょろする姿ばかり見ているせいで忘れがちだが、累は知性も容姿も兼ね備えた、この学校が始まって以来の上位種のα。良くも悪くも注目の的だ。

 もちろん今回の劇だって累が主役だと聞いている。内容は、現代から異世界へ転移した主人公が勇者となり魔王を打ち倒す、今流行りの冒険譚らしい。

 累を主人公とするなら、王子様がお姫様を救うようなラブストーリーのほうが受けるのでは? と思ったのだが、どうやらお姫様役をクラスの誰もやりたがらなかったのだとか。

 クラスは累以外全員βだというから、上位種のαの相手役は荷が重かったのだろう。もし千歳がクラスメイトだとしたら絶対に嫌だから、その反応も納得できる。

 累は累で、「王子様とかムリムリ。キャラじゃないし」と、キラキラした笑顔で言っていた。

 累が務まらないなら、人類で王子様役をできる人はほぼいないんじゃ、 と思いつつも口に出すのはやめた。


「まだかなぁ。楽しみ」

「ね~佐久間くんが勇者とかメロすぎるんだけど」


「上位種のα様ねぇ~実際どんなもんなの」

「さぁ。顔だけはいいんじゃね」


 体育館は期待とほんの少しの妬みが混ざり、落ち着きのなくざわめいている。そこに、開会を知らせるブザーが鳴った。


『開演に先立ちまして、ご来場のお客様にご案内いたします。本日、会場内が大変混み合っております。ご観覧中の無理な移動や、大声を出すなどの行為は他のお客様に大変ご迷惑となりますので、お控えくださいますようお願いいたします。

 また、上演中、カメラやスマートフォンなどによる写真撮影、録画、録音は固くお断りしております。迷惑行為を見かけた場合、会場からの退出をお願いする場合がございますのでご了承ください。マナーを守り、ご観覧の皆様、全員がお楽しみいただけますよう、ご配慮のほどよろしくお願いいたします。それでは、まもなく開演です!』


「なにこれ、こんなアナウンス初めて聞いたんだけど」

「撮影禁止?! 嘘でしょ!」


 いつもはないアナウンスに、会場のざわめきが大きくなる。でも、それは一瞬のことだった。

 会場内の照明が落ち、舞台上にスポットライトがともる。そこには学ラン姿の累が立っていた。

 ただそこに立っているだけ。それだけなのに、累から放たれる存在感に圧倒され、会場内は波が引くように静かになっていた。


『ここはどこだ……? っ誰だ?!』


 累のよく通る声が会場内に響く。主人公が異世界へ転移したところから始まり、仲間たちと友情を育み、時には会場内の笑いを誘いながら冒険が続いていく。正直、とてもよくできた内容だ。累は言わずもがな、他の演者もなかなかに演技がうまいこともあり、千歳も気づけば夢中になって見入っていた。


 そして、ついに魔王城へ入るという場面。累演じる勇者は命を懸ける戦いを前に自分が生まれた世界に思いをはせていた。


『俺は、必ず魔王を倒して元の世界に帰る。そして……』


 セリフを切った累が会場内を見回し始めた。まるで誰かを探すような動きに、会場内からは黄色い声があがる。そして、――えっ、こっち見た? 一瞬、千歳と目が合ったように思った。心臓が大きく跳ねる。千歳が「まさか」と立ち尽くしているうちに、累は舞台を飛び降り、こちらを目掛けてまっすぐ走ってくるではないか。


 大騒ぎの会場内を駆け抜けた累は、千歳の前まで来るとそのまま跪き、そっと千歳の手を取った。


「戻ったらあなたに『好きだ』と伝えるから、待っててくれる?」


 そう言って、千歳の指先に唇を寄せた。触れてはいない。でも、遠くから見ている人にはわからなかったのだろう。会場が割れんばかりにどっと歓声が湧き起こった。


 千歳は何の反応もできなかった。硬直したまま目を見開いて、じっと累の顔を見つめるだけ。多分、顔は真っ赤になっているだろう。全身、汗だくだ。

 会場のいたるところからキャーキャー騒ぐ声や、「返事は?!」と囃し立てる声が上がっていた。でも、千歳には遠い世界のことのように耳に入ってこない。まるで、千歳だけ異世界に転移してしまったかのようだ。

 累はそんな千歳を見て、満足げに笑うと、そのまままた走って舞台へと戻っていった。


 その後、勇者が魔王を倒し、劇は大団円を迎えた。当然、千歳の頭には全く入ってこず。隣にいた湊に何か声をかけられたが、返事もできない。終演を告げる拍手が鳴り響く中、千歳は体育館から慌てて飛び出した。




「何あれ!!!!」


 千歳はごちゃごちゃになった感情を整理できないまま、放課後に迎えに来た累に向かって叫んだ。もちろん、いつものごとく、累には何の効果もない。


「俺、かっこよかった?」


 そう言って、いたずらっぽく首をかしげる累に、千歳はぐうっと言葉を詰まらせた。否定したいのに、口からは情けない音しか出てこない。

 だって、あの時の累は、勇者のはずなのにどう見ても王子様のそのもので、間違いなくかっこよかったのだ。

 でも、そういうことではない。人前でいきなりあんなことをするなんて――。本当に累は何を考えているのかわからない。


「知らない!!」


 累に背を向けて、家へと早足で向かう。顔がほてって仕方がない。

 家に帰った後もずっと、千歳は自分の手を取る累の姿を思い出しては、熱を帯びる顔を抑えていた。


 ちょうどその頃、あの場面を切り取った動画がSNS上で拡散されていたことなど、知る由もなく――。


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