21. 真夏の勉強会②
夏休み中の勉強会は週一回の頻度で行われ、毎回累は千歳の家へやってきた。
一度目の勉強会の日に、「次はいつやるの?」と聞かれたので、しらばっくれようとしたのだが、「じゃあ、お母さんに聞くね~」と言われたので、大人しく白状した。千歳は何やら人質を取られたような気分だった。
部活はいいのかと聞いてみたが、そもそも累はレギュラーメンバーではない。どちらかというとコーチのような立ち位置らしく、一日くらい休んでも問題ないと、こちらを優先しているそうだ。――別にそんなことしなくてもいいのに。
そういえば、モデルもしてると聞いたな、と思って尋ねてみたが、そちらは単発のバイトのようなもので、呼ばれたら行くだけだし、調整もできると言っていた。
ちょうどその日の前日に撮影へ行っていたらしく、撮影風景をスマホで撮っていたからと、写真を見せてもらったのだが。
「……だれ?」
「いや、俺でしょ」
けらけらと笑う目の前の累と、画面の中にいる真面目な顔をした男がどうにも一致しない。
抜けるような白い肌に浮かぶ、強い意志がうかがえる上向きの眉。くっきりと目立つ二重に縁取られた切れ長の目は、淡く緑に輝くヘーゼルの瞳を閉じ込めているかのようだ。顔の中心を高く通る鼻筋の下にある少し厚めの唇には、口紅が塗られているのか、その赤がやけに目を惹いた。
いかにもαらしい写真の男は、確かに美しい。でも、そこには温度がなく、まるで血の通わない作り物の様に見える。その作り物めいた美しさは、どこか恐ろしくさえあった。
千歳の知っている累は表情がくるくると変わる。素直だからか、感情がすぐに顔に出るのだ。千歳に向けられる満面の笑み、少し不満げな顔、湊に見せる意地の悪い顔。千歳が知る累はそんな顔をする人だった。
だから、こんな累は知らない。
写真の男と累とを見比べながら、なんとも言えない気持ちになった千歳は横からのぞき込んでいた湊にスマホを押し付けた。
「あれ? 興味ない感じ?」
「うん」
「え~~。かっこいいって言ってほしかったなぁ」
反応を返さない千歳の代わりに答えたのは湊だ。
「さすがプロのカメラマンは違うな」
この余計な一言で、またいつものやつが始まったのは言うまでもない。
千歳にもう止める気はないから、一人で勉強を進めた。
「千歳、この問題はそこじゃなくて、こっちから解くんだ。そうそう、その公式を当てはめて。そうすれば、ほら」
「あっ、ほんとだ! できた!」
勉強は千歳が期待したよりもずっと順調に進んでいた。予想以上に湊は教えるのがうまかったのだ。さすがは上位種のα様だと思っていたが、そうではなかった。
「俺も教えたい!」
そうしつこい累に「じゃあ」と一度、千歳がわからなかった問題を説明してもらったのだが――。
「これをこうして、こうすればいいだけ! ほら、簡単でしょ!」
「………………チェンジで」
さっぱりわからなかった。
例えば、解を導くまでに1から10までの工程があり、千歳では1の次は2、その次は3、と順序立てて解いていかなければ正解にたどり着けない問題があるとする。
その同じ問題を累が解くと、1の工程はもう必要すらなくて、いきなり、9、とか、10にたどり着いてしまう。多分、湊も同じだ。これはもうIQの差としか言いようがないのだから仕方がない。
でも、累の場合、その問題を千歳に説明しようとすると、3から始まり、4がなくて、5に進んでてしまったりするのだ。そして、なぜ1をわざわざ解かなければ、先に進めないのかがわからないから、説明ができない。
その点、湊は順序だてて一つ一つの工程を丁寧に説明してくれる。だから千歳もすんなりと理解することができた。
年齢的な経験の差もあるかもしれないが、多分、湊の説明がうまいのは『上位種のα』だからではなく、本人の資質だ。
「湊は説明が上手だし、わかりやすい」
そう素直に褒めると、湊は少し顔を赤らめ、嬉しそうに目を細めた。その一方で累は面白くなさそうにむくれている。その差に千歳は思わず笑った。
そんな日々が続いた夏休みも終盤に差し掛かり、多分今日が最後の勉強会だろうという日のこと。
「あっ、そういえばさ」
早々に勉強に飽きた(というか、そもそもする必要がないのだろう)らしい累は一枚のチラシを取り出した。そこには大きな花火が描かれていた。
「これ、土屋さんがくれたんだけど、今日なんだって!」
土屋さんというのは、累の家の運転手だ。この勉強会にも毎回、累を送迎している。毎回すごいなぁと千歳がボソッとつぶやくと、「まぁ、あいつは跡取りだしな」と湊に言われた。
それを聞いて千歳は、α家庭とはそういうものなのかと思うだけにとどめた。累の家のことはよく知らない。知らない方がいいことはたくさんある。
チラシの花火大会は千歳が幼いころからずっとやっている地元の花火大会だった。そういえば、いつもこんな時期だったなと千歳は思い出す。
幼いころ、一度両親に連れて行ってもらったことがある。でも、あまりにも人が多くて迷子になり、ずっと泣いていた覚えしかない。花火よりもそちらの方が印象に残ってしまったせいもあって、もうしばらく行っていなかった。
千歳は累からチラシを受け取ると、そこに書かれている内容を眺めた。時間は18時から。場所は、千歳の家から歩いていける。
「……行ってみようかな」
結局、夏休み中は勉強会以外で誰とも会うことも外に出ることもなく、家に閉じこもりっきりだ。受験生なのだからそんなものかもしれないが、湊のおかげで苦手だった箇所もかなり克服できた。だから、――少しくらい息抜きしてもいいよね?
どうだろうかと、湊を見ると、「いいよ」と言うように、こくりと優しい顔で頷いてくれた。
累はというと、もちろん大喜びだ。
「よ~し! じゃあ決まり!!!」
そう、累が大きな声を上げたのとちょうど同じタイミングでインターフォンが鳴った。
出てみればそこにいたのは、運転手の土屋さん。どうしたのかと思っているうちに、応答した累が土屋さんを家へ招き入れていた。
「お邪魔いたします」
丁寧に礼をした土屋さんが、累に渡した荷物の中には、三人分の浴衣が入っていた。
――えっ、まさかうち、盗聴されてます?!




