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20. 真夏の勉強会①

 結局のところ、勉強会は千歳の家で開かれることになった。ただし、湊と千歳の二人ではなく、累を加えた三人で。


 湊も千歳も、特に二人で示し合わせたりはしなかったが、夏休み中に勉強会をすることを累には一言も言わなかった。そんなことをすれば、絶対に「俺も行く!」となるに決まっている。累がいると何かと騒がしい。勉強会なのだからそれは困る。

 そう思っていたのに、勉強会の日になると、なぜか累は千歳の家へやってきた。しかも、湊よりも早く。もし、湊より遅く来ていれば、もう少し警戒してうかつにインターフォンに出るようなことはしなかったかもしれない。

 ――だって、湊かと思ったんだもん。千歳は誰に向けるわけでもなく、心の中でそう言い訳をする。累がそこまで想定して動いていたとしたら、もうお手上げだ。


「……どうしてお前がいる」


 累とほんのタッチの差で千歳の家にやってきた湊の疑問は当然だ。それに累は得意げに答えた。


「今日勉強会するって、千歳さんのお母さんが教えてくれたから」


 なんということだ。よりによって裏切り者は、千歳の身内だった。

 両親には家で湊と勉強会をすることを伝え、許可をもらっている。確かにその時、母に「累くんも来るの~?」と聞かれた。だから「来ない」とちゃんと伝えたはずなのに。いや、()()()なのか……? 母はやけに累を気に入っていた。

 とりあえず、それよりなによりまず解決しなければいけない大きな疑問がある。


「……もしかして、うちの母と連絡とり合ってる?」


 千歳は心の中で「まさかね」と思いながらも、震える声で聞いた。だって、普通の男子高校生は学校の先輩の親と連絡先を交換したりはしない。でも、その期待は一瞬のうちに輝くような笑顔で打ち砕かれた。


「うん! よくメッセのやりとりしてるよ~」

「いつの間にぃ……」

「この間病院行くために、お邪魔させてもらった時だね」


 千歳は両手で顔を覆い、うなだれる。もう累のコミュニケーション能力の高さに頭を抱えるしかなかった。




 そんな二人のやり取りに湊はため息をつきながらも、心の中では少しだけほっと息をついていた。

 千歳の二次性のことを知ってから、湊は可能な限り千歳と一緒にいるようにしていた。でも、その一方で、密室空間で千歳と二人っきりにならないよう気を付けていた。二人っきりになると、どうしても千歳に触れたくなってしまうからだ。

 これまではマーキングをしていれば安心できた。でも、今はそれができない。そんな不安がままならない欲を高めてしまう。自分の”匂い”をつけたいと思ってしまう。心の内で暴れ狂うαの本能を千歳に悟られないよう、湊は必死だった。

 千歳と一緒にいたい。他の誰にも渡したくない。誰よりもそばで、千歳を守りたい。

 全部、湊の本音だ。でも、それを叶えるために、湊は千歳のそばで気を抜けなくなってしまった。

 皮肉なことに、一番千歳を奪っていく可能性が高い累が一緒にいる時だけは肩の力が抜ける。それは、自分と同じくらい、いや、それ以上に累が千歳を守れる存在だと本能で理解しているからだろう。


 だから、千歳の家で勉強を教えると決まった時、累に声をかけるかどうか考えた。でも、結局は小さなプライドが邪魔をしてできなかった。

 だって、ずっと大切に守ってきたのだ。ようやく自覚したこの気持ちを、まだ諦めたくなんてない。たとえ相手が、運命の番だったとしても――。


「とりあえず勉強しよ。ここでこいつと言い争ってても時間の無駄だ」


 湊の言葉に千歳は頷き、部屋へ入っていった。累も千歳の後についてリビングに向かう。

 ダイニングテーブルの上にはすでに勉強用具が置いてあった。湊と累が来るまで、千歳は一人で勉強をしていたのかもしれない。

 湊と千歳は高校三年生。冬には受験が控えている。それが終われば当然、二人は卒業していってしまうのだ。

 もしかしたら二人は同じ大学に通うかもしれない。そうなれば、累だけ置いてきぼりになる。だから、その時になって慌てないよう、今のうちから打てる手はすべて打つつもりだ。

 千歳の母親と連絡先を交換したのも、その一つだった。


 千歳の両親は、二人ともβだ。まだ会ったことのない千歳の兄もβだという。

 言い方は悪いが、千歳の家族は自分たちとは違う千歳の二次性を、明らかに持て余していた。

 当然だろう。αとΩのことはβにはわからない。知識として学ぶことはできても、その本質は理解できないのだから。

 いくら千歳を大切に思っていたとしても、『わからない』ということは恐ろしいことだ。だから、千歳の母親は千歳の傍に突然現れた(α)に縋ってしまった。

 それでなくとも、上位種のαは自然と従ってしまいたくなるような雰囲気を持っている。累にとって千歳の母親から信頼を得るのは容易いことだった。


 こうなってみると、湊がずっとβのふりをしていたのは累にとって本当に幸運だった。

 千歳の両親は友人として湊の存在を知ってはいたが、当然湊のことをβだと思っていた。それが突然「実はαでした」と言われても、生まれるのは不信感だろう。


 おかげで、今回の勉強会についてもすぐに千歳の母親から連絡が来た。千歳を湊と家で二人っきりにしても大丈夫か、というようなことを聞かれたから、累は『じゃあ、俺も行きますよ!』と答えた。

 その返信に千歳の母親はずいぶんと安心したようだったが、本来であれば一人のΩと複数のαが密閉空間にいるほうが、よっぽど危険度は高い。

 ましてや、千歳は「Ωになりたくない」と思っているのだから、完全に悪手だ。その証拠に、累が現れた時の千歳の顔は、とんでもなく嫌そうだった。そのくらい想定内だから全く気にはならないが――。


 千歳が椅子に座ると、累は当然のようにその隣に座ろうと椅子を引いた。でも、すぐに湊に腕をつかまれてしまった。


「なんですかぁ?」

「俺が勉強を教えるんだから、お前はあっちだ」


 千歳の正面を指さす湊に向かい、累は鼻で笑ってやる。


「別に俺も教えられるけど?」

「えっ、それ嫌味?」

「……あっち座ります」


 千歳の驚愕と軽蔑が混ざったような視線に、さすがの累も大人しく千歳の隣を諦めることにした。


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