14. α専用病棟にて
最近ではすっかりおなじみになってしまった黒塗りの高級車に乗せてもらい、三人でやってきたのは、千歳が『未確定』と診断されてからずっと通っている病院だった。この病院は地域の一番大きな総合病院なのだから、当然と言えば当然だ。
ちなみに、車内の席順は、助手席に湊、後部座席に累と千歳だった。出発前に累が湊へ前に座るよう促していたのだが、湊は嫌な顔をしながらも大人しく言うことを聞いていた。
おそらく、千歳と並んで座るのは気まずかったのだろう。千歳だって気まずい。
そうすると自動的に累と並んで座ることになるのだが、もう一度経験してしまったので、二度目への抵抗はかなり薄れてしまっている。でも、これで打ち止め。もう乗らない。「二度あることは三度ある」にはならない、絶対に。
後部座席の定員は三人だが、もっと座れるのではないかと思うほどに広々としている。前回無理やり乗せられたときは緊張でそれどころではなかったが、今回は絶対に一人分空けて座ることを約束させたおかげで、高級車を堪能することができた。千歳の家にある大衆車とはやっぱり居心地の良さが違う。
なお、グレイヘアがよく似合う運転手の土屋さんは、佐久間家のお抱え運転手さんだそうだ。もともとは累のお母様の運転手さんらしく、累とは小さい頃からの付き合いだという。
千歳の家の駐車場に収まらないサイズの車で運転手さんが送迎してくれるご家庭なんて、千歳とは住んでいる世界が違いすぎる。
恐る恐る累に家のこと聞いてみたが、「別に普通だよ?」と言われた。そんなわけがない。千歳の家を見て、絶対に「ちっさ」とか思ってるはずだ。
病院までは千歳の家から車で20分ほどかかる。その間、累は口元を緩めて千歳を見ながら「私服姿もめっちゃいい~♡」などと言っていた。おまけに、土屋さんにその話題を振るのだ。「私も素敵だと思います」なんて、渋い声で言われたからちょっとときめいてしまった。車内の空気がそれほど悪くならなかったのは、全部、土屋さんのおかげだ。
そんなこんなでたどり着いた病院で、累について向かったのは二次性外来にあるα専用病棟だった。
千歳がいつも通っているΩ病棟と同じ建屋ではあるが、階が違うそうだ。
それぞれの病棟は入口からして真逆の位置に設けられており、専用のエレベーターを利用して向かう。これはもちろん、院内でΩとαが鉢合わせしないようにするための措置だ。
Ω病棟は医師以外のαの出入りは禁止。α病棟は、αと一緒に診察を受ける場合に限り、Ωの出入りが許可される仕組みとなっている。
病院に通う必要があるΩやαは、特別な事情を抱えている場合が多い。安心して相談できる場所にしたいという理念のもと設置されたこの病棟は、当事者である千歳からしてみても、とてもありがたい場所だった。
いつもとは違う入口、エレベーターに千歳はついきょろきょろしながら、累の後について歩いていく。Ω病棟と違うところがあるかといわれたら別にないのだが、何となく落ちつかない。
慣れない場所だからだろうか。どこか、累の表情も硬くなっているように見えた。
湊は車を降りてからずっと千歳の後ろを歩いている。でも、病棟内に入り、前からおそらくαであろう患者さんが歩いてくると、突然前に出て累の横に並んだ。
何かあったのかと前を覗いてみようにも、背の高い二人が横並びになるとまるで壁のようになって、ほとんど何も見えない。累は横に並んだ湊へ一瞬だけ視線を向けたが、すぐに前を向き、何も言わなかった。その後もずっと千歳の前を歩く湊の行動の意図がつかめないまま病棟内を進んでいき、累が受付を終えると、千歳たちは個室に案内された。
「こちらで少々お待ちください」
「はい、ありがとうございます」
さっき通りすがりに見た病棟内には、普通の病院にあるようないくつもの椅子が並んだ待合があった。それなのになぜ千歳たちは個室なのだろうか、と首をかしげていると、ふうっと息を吐いた累が備え付けられていたソファにドカリと座った。
「はぁ。やっぱり特別室予約すればよかった~」
「なんでしなかったんだよ」
「急だったから空いてなかったんだよ」
「特別室?」
この個室は『特別室』とは違うものなのだろうか。聞きなれない言葉に千歳はさらに首をかしげる。「あぁ」と答えてくれたのは湊だった。
「ここはΩを連れたαのための待機部屋だ。特別室はこことは別の階にある、いわゆるVIP室だな」
「そうそう。特別室なら他のαには会わない造りになってるから本当はそっちが良かったんだけど、空いてなくてさぁ」
「なんでわざわざ? 普通に待合じゃダメなの?」
「「ダメ」」
二人の声がぴったりと重なる。その圧に思わず千歳は顔をひきつらせた。同じ上位種のαだからなのか、累と湊は何となく行動パターンが似ている気がする。実は仲いいんじゃないかとすら思えてきた。
「な、なんで?」
「……αは独占欲が強いから。基本的に自分のΩを他のαに見せたくないんだよ」
「そうなんだよねぇ。もう、千歳さんを他のαに見られるのめっちゃストレスだった!!」
「ほんとに」
「うん?」
湊の言葉も、続いた累の言葉も一瞬理解ができず、もう一度頭の中で並べて、かみ砕いてみる。
『αは自分のΩを他のαに見せたくない』
『累は千歳を他のαに見られることをストレスに感じ、それに湊も同意した』
つまり――?
理解が追いついた瞬間、顔がカッと熱くなった。
「僕はあなたたちのΩじゃないんですけど?!」
最近、叫んでばっかりいる気がする。




