11. 運命の乱入
突然部室へ入ってきた累に、なんで、どうして、と聞こうとしても、驚きのあまり声が喉に詰まり、言葉にならない。
ドアが開いた音で顔を上げた湊は、累を見てあからさまに顔をしかめていた。でも、やはり気まずかったのだろう。千歳と一瞬だけ視線を合わせると、すぐにまた下を向いてしまう。
そんな二人の空気を読まない――、読む気もない累は当然のように千歳の横へ座った。
「話、聞こえちゃったからさ」
「……どうやって?」
「たまたま部室の外通りかかったら……、ね?」
お昼に千歳の教室へとやってきた累に、千歳は「湊と二人で話がしたいから絶対についてこないで」と言っておいた。その時、累は不満げにしながらも「わかった」と頷いていたはずだ。そのまま大人しく自分の教室へ帰ったと思っていたのに。
今、千歳たちがいる新聞部の部室があるのは『部活棟』と呼ばれる校舎で、一年生の教室がある一年棟とは別の建物だ。つまり、「たまたま」なんてことがあるはずない。わざわざこっそり後をつけてきたうえに、盗み聞きをしていたとは。
しかも、当の本人に全く悪びれた様子がないのだから、余計にたちが悪い。
暖簾の腕押し、ってこういう時に使うのか、と普段は思い出しもしない慣用句が頭に浮かび、千歳は思わずため息をついた。
「ついてこないでって言ったのに」
「ごめんね、でも心配だったから」
どうやら嘘を貫き通す気もないらしい。呆れてものも言えない。
累も湊も千歳が心配だというが、千歳からしてみれば、最も危険なのはこのαたちだ。
一人は千歳の言ったことなんて全く聞かないし、もう一人は、千歳に黙って勝手なことをする。これは怒っていいところだ、と千歳は倒してしまった椅子を起こして、累から離れたところで座る。腕を胸の前で組んで、無視を決め込むと、横から「えぇ~、千歳さ~ん」と情けない声が横から聞こえた。
その甘えるような声色に、千歳の中のΩ性がひょこりと顔を出すが、絶対に振り向いてなんかやらない。半ば意地になって、顔を累のいない反対側に固定した。
「……で、何しに来たわけ?」
累の登場で何となく緩んでしまった空気が、いつもより倍くらい低い湊の声でピリッと張り詰める。
「怖い声出さないでよ、千歳さんがびっくりしちゃうでしょ」
「お前が出てけばいいだけの話だろ」
「ひどっ、せっかく優しい後輩がフォローしてあげようかなと思って出てきたのに」
「いらねーよ」
「あっそ。じゃあ、あんたは千歳さんに嫌われて、これで終わりだ」
「はぁ?! もとから終わってるお前に言われたくねーよ! ってか、」
――バンッ!!
突然、大きな音が部室に響く。
湊の言葉の途中で立ち上がった千歳が、両手で机をたたいたのだ。
「いい加減にして!」
多分こんな大きな声、千歳は人生で初めて出した。自分でも少し驚いたが、二人はもっと驚いたようで、累は口を半開きにして、湊は目を見開いて千歳を見たまま、表情を固まらせている。それでも、爆発した千歳の怒りは収まらない。
「二人とも勝手なことばっかり……! 」
頭に血が上り、目の前がにじんでくる。こんなことで泣いたりしたくないのに、こみあげてくる感情が抑えられない。
累と家で話をした時も、千歳は怒っていた。あの時も累の自分勝手さにすごく腹が立った。
今だって同じことをされて怒っている。でも、それだけじゃない。
累と湊が話しているのは千歳のことだ。それなのに二人は完全に千歳当人不在のまま、自分たちだけで話を進めていく。千歳の気持ちだけ置いてきぼりだ。
それが、悔しくて、悲しくてたまらなかった。
頬を伝う涙をぬぐい、二人を睨みつける。累も湊もさっきまでの威勢はすっかりと消え失せ、青ざめた顔でおろおろとしていた。
「もうこれ以上、僕を振り回さないで!!」
思いをぶつけるように叫ぶ。ゼイゼイと息で肩をしていると、ちょうど昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。
千歳は何も言わないまま机の上に広げていたお弁当箱を片付けると、乱暴に鞄の中に押し込んだ。
視界の端に二人の焦った顔がちらつく。二人とも何か言いたげに口を開きかけるが、かける言葉が見つからないのか、結局はただ千歳を見ているだけだ。もし何か言われたとしても無視をしたと思うが。
きっと今、千歳はひどい顔をしているだろう。これ以上、こんな情けない姿を見られたくない。でも、怒りも、悔しさも、悲しさも、胸の中で渦巻いたまま全然消えてくれない。
早くこの場を離れたくて、千歳は顔を上げないまま部室を出ると、収まらない感情をぶつけるようにドアを勢いよく閉めた。
バンっと大きな音を立てて勢いよくしまった部室のドアを、累と湊は呆然としたまま見つめていた。
予鈴が鳴ったのだから早く教室に戻らないといけない。わかってはいるのに体が動かない。
こんなことになった原因は相手にあると、互いに面前にいる”恋敵”を睨みつける。
「千歳さん、泣いてたじゃん! どうすんの!」
「お前のせいだろ?! 俺はちゃんと謝ろうとしてたのに! 邪魔しやがって!!」
またヒートアップしかけて、はっと我に返る。これでさっき千歳を怒らせたうえに、泣かせたばかりだ。少し浮かせた腰をおろし、二人そろって頭を抱えた。
「……とりあえず、教室戻るか」
「うん。さぼったりしたら千歳さんに軽蔑されそうだし」
二人はのろのろと立ち上がり、重い足取りで部室を出た。
累はこのまま教室に戻った後も、一人で存分に落ち込めるかもしれないが、千歳と同じクラスの湊はそうはいかない。千歳を傷つけたのは自分なのに、落ち込んだ姿を見せるなんてこと、していいはずがない。部室にカギをかけながら、湊は深いため息をつく。
「あっ、そうだ。本題を言い忘れるところだった」
「なんだよ」
「さっき、フォローしてあげるって言った件」
「いらねーよ」
「あんたのためじゃなくて、千歳さんのためね」
湊はぐっと言葉に詰まる。そういわれては、断れない。
とはいえ、この男が千歳の不利益になるようなことはしないだろう。それだけは信頼できる。
「……なに」
「明日の午前中、あけといて」
「はっ? なんで?」
「こういう時はさ、自分たちで安易な想像するより、専門家に聞いた方がいいんだよ」
累の言葉の意図を全くつかめない。でも、累はお構いなしに話を続ける。
「ということで、明日9時に千歳さんの家集合ね」
「はぁ?! おい、ちょっと待て」
さっきまで落ち込んでいた様子はどこへ行ったのやら。
言いたいことを言うだけ言って、累はあっという間にいなくなってしまった。
本当に自由な奴だ。自分勝手で、強引で、無駄に行動力がある。湊にはないものばかり。
――心底、嫌になる。
湊は心の中で吐き捨てながら、本鈴の音を背に、千歳のいる教室へと急いだ。




