10. 運命への葛藤
こんなのまるで――。まるで、告白じゃないか。
どう反応をしたらいいかわからず戸惑っている千歳に、湊は目を細めていた。その眼差しだって、これまでならただ”優しい”と感じるだけだったのに、今は少し違うように思えてしまう。
いや、でも、ただの自意識過剰かもしれない。そろりと湊に視線を合わせると、”優しい”目でにっこりと微笑まれた。途端に体温が上がり、なぜか顔を隠したい衝動に駆られる。勢いよく下を向いて、まだほとんど手を付けていなかったお弁当のおにぎりをパクリと口に運んだ。
今の季節、食中毒を心配して入れられた保冷剤で冷えてしまったおにぎりは、冷たくて少し硬い。そのせいか、なかなか喉を通らないそれを無心でかみ砕いていると、正面から湊の箸が動く音が聞こえてきた。きっと、湊も同じように食べ始めたのだろう。
ちらりと机の上に視線を滑らせれば、今日も千歳の倍のサイズはありそうな湊のお弁当箱からどんどんおかずが減っていく。
初めて一緒にお弁当を食べた日、千歳の小さなお弁当を見た湊は「そんな少しで足りるのか」と驚きながら、自分のお弁当に入っていた唐揚げをしきりに千歳に食べさせようとしていた。今でもたまに言われる。だから、よく食べる人だなとは前から思っていた。
でも、改めて見てみれば、湊は背が高く、体つきもがっしりとしているのだから、よく食べて当たり前なのかもしれない。ずっと隣にいたはずなのに、気づいていなかったことが案外たくさんあるのだと、今になって思い知らされる。
千歳は視線を自分のお弁当に戻し、冷たいおにぎりを黙々と口に運んだ。
少しだけブレイクタイムをはさんで気持ちは落ち着いたが、これでまだ話は終わりではない。
ほとんどお弁当を食べ終えたころ、先に口を開いたのはやはり湊だった。
「千歳は、佐久間のこと気になってるだろ?」
「えっ、いや、ちが、それは、えっと、」
こんな反応をしてしまったら、「そうだ」と言ってるようなものだ。
確かに気になってはいる。でも、それは純粋な”好意”からくるものではない。運命だからどうしても惹かれてしまうだけで、本来累は”避けるべき相手”なのだ。
でも――。
「……正直、どうしたらいいかわからなくて」
最後の一口を飲み込んで箸をおいた千歳は、湊に視線を合わせないまま、素直な気持ちをこぼした。
すべては”運命”のせいだと、頭ではわかっている。これは自分の意志ではないと必死に言い聞かせてもいた。そうわかってはいても、こんなふうにまっすぐと好意を向けられるのは初めてなのだ。
累は千歳の戸惑いなどお構いなしに、いつも真っすぐだ。千歳を見つけ、「千歳さん」と嬉しそうに名前を呼ぶ声、表情。そのすべてが千歳の本能を揺さぶって、心を動かしてしまう。幅の広い二重の下にあるヘーゼルナッツの瞳がほころんで、自分に向けられていることが嬉しいと思ってしまう。
でも、累の行動はすべて千歳が”運命”の相手だからこそのものだ。たとえ累が運命に気が付いてはいなくとも、本能で求めてしまうのだろう。千歳がそうなのだから、きっと累も同じだ。
もし、運命じゃなければ――。累から向けられた感情を純粋に嬉しく思えたかもしれない、なんて思ってしまう。そもそも、運命じゃなければ、累が千歳を気にすることすらないと分かっているのに。
千歳は本能に作られた感情に振り回されたくなんてなかった。自分の意志で恋をして、心から好きだと思える人と結ばれたい。
そのためにも、やっぱり千歳はΩになりたくないのだ。
「僕がαのこと、苦手だって言っていたのは、αの近くにいるとΩになる可能性が高まるからなんだ」
それから千歳は、自分が今はほとんどβであること。でも、Ω因子を持っているせいで二次性が確定しないことを湊に話した。
「僕は、Ωにはなりたくない」
さっき湊に言われた言葉がもし告白だとしたら、千歳は湊を振ったことになるのだろう。
仕方がないことだと思っても、湊の顔が見れない。
部室の空気がまた重たくなっていく。
すると、それまで静かに千歳の話を聞いていた湊が大きくため息をついた。傷つけただろうか、それとも呆れられただろうか。
でも、びくりと体を揺らした千歳にかけられた言葉は、予想とは違うものだった。
「ごめん……」
「な、なにが……?」
「千歳のΩ因子が消えなかったの、多分俺のせいだ」
「えっ――?」
はじかれたように千歳は顔を上げる。湊は机に肘をついた両手で顔を覆い、うなだれていた。
「多分、俺がずっと千歳にマーキングをしてたから」
「マーキング?」
「αのフェロモンをつけてた」
「っ! なんで、そんなこと……?!」
あまりの驚きに千歳は思わず立ち上がる。勢いよく立ったせいで、座っていた椅子がやけに大きい音を立てながら倒れた。
「ごめん、本当にごめん」
湊は千歳のことをΩだと思っていた。だから、決して意図したことではない。だからと言って、「いいよ」なんて言えるはずがなかった。
これまでずっと、「高校生になったら確定するだろう」と言われていた二次性。でも、なぜかずっと未確定のままだった。原因がわからず、落ち込んだこともあった。不安な思いをいつも抱いていた。
それがまさか。まさか、信頼していた友人のせいかもしれないなんて――。
いっそのこと湊を罵れたなら、もっと楽だったかもしれない。
でも、これまで湊と過ごした日々の思い出が、それを許さない。
何も言うことができないまま、千歳は呆然と立ち尽くすしかなかった。
そんな千歳の意識を無理やりに引き戻すように、部室のドアが開く音が響く。
「はい、そこまで」
入ってきたのは、累だった。
その声は、これまで千歳にかけられた声とは違い、硬く緊張をはらんでいたように感じた。




