「無能な絵描き」と婚約破棄された落ちこぼれ王女、芸術の国で最強の具現化魔法に覚醒しました【短編版】
軍事力こそが絶対の正義とされる覇権国家、ガルディア帝国。
この国の王城の片隅、日が長くは差し込まない薄暗い自室で、私――末の王女であるアリアは、ただ一人筆を動かしていた。
キャンバスに描かれているのは、王城の庭園にひっそりと咲く名もなき花。
この国において、芸術とは『軟弱な者たちの無益な戯れ言』にすぎない。魔法の破壊力や身体能力の高さでのみ人間の価値が測られるこの鉄と血の帝国で、私は「落ちこぼれ」だった。
「アリア様……また、そのようなものを描いておられるのですか」
侍女の冷ややかな声に、私はビクッと肩を震わせた。慌ててキャンバスに布を被せる。
「……ごめんなさい、少し息抜きをしていただけよ」
「息抜き結構ですが、もうすぐダリウス殿下がお見えになります。粗相のないよう、お着替えを」
軽蔑の色を隠そうともしない侍女の態度は、この城における私の立場を如実に表していた。
私は、圧倒的な破壊力を持つ攻撃魔法を一つも使えない。
軍事訓練において唯一褒められたのは、「魔力の精密なコントロール」だけだった。針の穴を通すような繊細な魔力操作。しかし、それだけで人を制圧することはできない。
結果として、私は『軍事国家の面汚し』と呼ばれ、せめてもの政略の駒として、同盟国である強国ゼクス王国の第一王子・ダリウスの婚約者に据えられたのだ。
「ダリウス殿下……わかったわ」
私はため息を隠し、重いドレスに着替えて客間へ向かった。
客間に足を踏み入れると、ダリウス王子はすでにソファーにふんぞり返るように座っていた。
見事な金髪と筋骨隆々の体躯。軍人としては完璧な容姿だが、その瞳には常に他者を見下す傲慢な光が宿っている。
「遅いぞ、アリア。お前のような無能な女を持つのも苦労する」
「申し訳ありません、ダリウス様」
私は深く頭を下げた。いつもの小言だ。聞き流せばいい。そう思っていた時だった。
「なんだ、それは」
ダリウスの視線の先には、侍女のミスか、あるいは意図的な嫌がらせか、先ほどまで私が描いていた花の絵が、無造作にテーブルの上に置かれていた。
ダリウスは顔をしかめ、乱暴にそのキャンバスを掴み上げた。
「あ、お待ちください、それは……!」
「ほう。これが、我が婚約者が隠れてこそこそとやっているという『絵描き遊び』か」
ダリウスは鼻で笑うと、なんとそのキャンバスを床に投げ捨て、ブーツの踵で踏みにじった。
ベキッ、という嫌な音とともに、木枠が割れ、私の描いた花が汚れた靴裏で無惨に擦り切れていく。
「やめて……!」
「黙れ! 我がゼクス王国の次期王妃になる女が、こんな軟弱な無駄事に現を抜かすなど言語道断だ! 魔力もなく、力もなく、ただ絵を描くことしかできない無能め!」
ダリウスの怒声が響き渡る。
踏みにじられたのは、ただの絵ではない。私がこの息の詰まる国で見つけた、唯一の心の安らぎだった。
その時、「まあ、ひどい音……。ダリウス様、どうなさいましたの?」と甘ったるい声が響いた。
現れたのは、私の妹であるセリアだった。
彼女は私とは違い、派手な攻撃魔法を操り、「ガルディアの至宝」とまで持て囃されている優秀な王女だ。豪奢なドレスを纏った彼女は、迷うことなくダリウスの横に寄り添った。
「おお、セリア。ちょうどいいところに来た。この無能な姉の戯れ事に、つい腹を立ててしまってな」
「まあ、アリアお姉様ったら。まだあんな無意味な絵を描いているのですね。国の恥ですわ」
くすくすと笑うセリアの腰を、ダリウスがこれ見よがしに抱き寄せる。
二人の瞳には、明確な優越感と、私への蔑みがあった。
「アリア、よく聞け」
ダリウスは冷酷な笑みを浮かべて宣言した。
「私は、お前との婚約を破棄する。私の隣にふさわしいのは、強大な魔力を持つセリアだ。お前のような無益な女は、我が国には不要である!」
「ダリウス様……! 嬉しいわ!」
二人は私の目の前で、勝利の口づけを交わした。
――絶望?
いいえ、全く。
私が感じたのは、心にまとわりついていた重い泥のようなものが、一気に洗い流されていくような、鮮烈な『解放感』だった。
(ああ……終わった。やっと、この息の詰まる関係が終わるのだ!)
私は内心で歓喜の声を上げそうになるのを必死に堪え、あくまで貞淑な王女の仮面を被ったまま、静かに頭を下げた。
「……承知いたしました。ダリウス様、セリア。お二人の末永い幸せを、心よりお祈り申し上げます」
涙一つ流さず、取り乱すこともなく綺麗に身を引いた私を見て、ダリウスとセリアは拍子抜けしたように顔を見合わせた。もっと私がすがりつき、見苦しく泣き叫ぶとでも思っていたのだろう。
翌日、事態はさらに私の思惑通りに転がった。
婚約破棄の報告を受けた皇帝――つまり私の実の父親は、激怒の矛先を私に向けたのだ。
「帝国とゼクスの同盟に泥を塗った無能め! 貴様のような国の面汚しは、もはやガルディアには置いておけぬ。ただちにこの国から立ち去れ!」
追放宣告。
それは、私にとって完璧な「自由への切符」だった。
私は自室に戻るなり、重苦しいドレスを脱ぎ捨て、動きやすい平民の服に着替えた。荷物は最小限。替えの服と少しの路銀、そして何よりも大切な『最高級の画材セット』だけをトランクに詰め込む。
向かう先は決まっている。
かつて本で読んだ、芸術を尊び、美を愛する人々の国。
隣国の『ルネサンス王国』だ。
王城を背にして歩き出す私の足取りは軽く、心は晴れ渡っていた。
もう、誰にも私の絵を踏みにじらせはしない。私は私の世界を、自由に描くのだ。
……この時の私は、まだ知らなかった。
私が密かに手入れをしていた「首都防衛の魔力陣の精霊図」が途絶えたことで、この軍事大国ガルディアの心臓部において、静かで確実な『崩壊』が始まっていたことを。
◆
ルネサンス王国の首都は、どこを見渡しても芸術と活気に溢れていた。
石畳の通りには美しく彫刻された噴水が立ち並び、街角からは軽快なリュートの音色が響いている。建物の壁面には色鮮やかなフレスコ画が描かれ、すれ違う人々の服装も自由で華やかだ。
「なんて……なんて素晴らしい国なの……!」
ガルディアの重苦しい軍服や、息の詰まるような灰色の壁とは正反対の景色。
私は胸いっぱいに自由の空気を吸い込み、歓喜に満ちた足取りで広場の片隅に小さなイーゼルを立てた。
手持ちの路銀は少ない。まずはここで画室を開き、絵を売って生活の糧を得るのだ。
私はキャンバスに向かい、深呼吸を一つした。
描くのは、あの薄暗い自室で何度も夢見た『光に満ちた花園』。
軍事訓練で嫌というほど叩き込まれた『魔力の精密コントロール』。ガルディアでは破壊力がないと見下されたその力を、私は無意識のうちに絵筆に乗せていた。
針の穴を通すような緻密な魔力の糸が、絵の具の色と絡み合い、キャンバスの上に命を吹き込んでいく。
筆が止まった時、周囲からはどよめきが上がっていた。
「見ろ……絵が、光っているぞ!」
「信じられない、本当に花の香りがする……!」
私が描いた花園は、キャンバスの中で仄かな光を放ち、本物の春の風のような香りをあたりに漂わせていたのだ。
これが、私の魔力。軍事用ではなく、何かに命を吹き込む『具現化描画』の魔法。
私の絵は飛ぶように売れた。人々は私の才能を絶賛し、私は生まれて初めて「自分の価値が認められる歓び」に涙ぐんだ。
「素晴らしい。まるで、魂が宿っているかのようだ」
その声は、ひときわ静かで、しかし深い響きを持っていた。
振り返ると、そこには深く帽子を被った見目麗しい青年が立っていた。銀糸のような髪が帽子の縁から覗き、アメジストのように深い紫色の瞳が、私の絵を熱心に見つめている。
「この花の生命力、そして何より……描き手の純粋な愛情が伝わってくる。君は、魔法使いであり、真の芸術家だ」
青年の言葉は、ダリウスの「無能な絵描き遊び」という罵倒とは真逆のものだった。
彼は私の絵の奥にある『本質』を一目で見抜いてくれたのだ。
「ありがとうございます……。私の絵を、そんな風に言っていただけたのは初めてです」
「私が君の才能に一目惚れしたんだ。この絵、金貨一枚で買い取らせてほしい」
「金貨一枚!? そ、そんな大金は……!」
「君の才能には、これでも足りないくらいだ」
青年は微笑み、私の手を取って優しくキスを落とした。
「私の名前はレオン。……実は、ルネサンスの第一王子だ」
「えっ……!」
「アリア、君を王宮の特別絵師として迎えたい。君のその素晴らしい才能を、もっと広い世界で咲かせてみないか?」
彼が差し出した手は、あたたかく、私を確かな未来へと導く光に満ちていた。
それからの日々は、まさに夢のようだった。
レオン殿下は私に王宮の最も日当たりの良いアトリエを与え、最高級の『魔法の絵の具』を揃えてくれた。
魔力を帯びたその絵の具を使うと、私の才能は完全に爆発した。
描いた青い鳥はキャンバスから抜け出して数分間空を飛び回り、描いた風景画は、その中に足を踏み入れられる幻影空間へと昇華した。
「すごい……これが、私の力……」
「アリア、君は天才だ。君が描く世界は、我が国の宝だ」
レオン殿下は、公務の合間を縫っては毎日のようにアトリエを訪れ、私を甘く、優しく褒め称えた。
彼が見つめるのは、私の「軍事的な価値」でも「政略の駒としての使い道」でもない。ありのままの私と、私の生み出す美しい世界だった。
「レオン様……私、本当にここにいていいのでしょうか。私は、かつて無能だと国を追い出された身です」
ふと、ガルディアでの記憶が蘇り、私は筆を止めて俯いた。
すると、レオン殿下はふわりと私を背後から抱きしめ、耳元で甘く囁いた。
「君を追放した国は、愚かしいにも程がある。彼らは、世界で最も美しい宝石をドブに捨てたのだ」
「レオン様……」
「アリア、私は君の全てを愛している。君の描く絵も、君自身の強さも、優しさも。もう絶対に、誰にも君を踏みにじらせはしない」
その言葉に、私の胸の奥で固く閉ざされていた氷が、温かく溶けていくのを感じた。
私がルネサンスで愛と才能に満ちた日々を送っている頃。
私を「無能」と切り捨てた軍事大国ガルディアは、取り返しのつかない破滅への道を転がり落ちていた。
◆
ガルディア帝国の心臓部たる戦略司令室には、皇帝の怒号が響き渡っていた。
「どういうことだ! 首都防衛の魔力陣が完全に崩壊しただと!?」
「申し訳ありません、陛下! 幾重にも描かれた『魔法陣の精霊図』が突如として機能不全を起こし、国内の軍事施設の魔導具も次々と停止しております!」
技術将校は真っ青な顔で報告した。
原因はただ一つ。
あの「無能な絵描き」と侮られたアリアが、毎日密かに膨大な魔力と恐るべき精密操作で『修復と補正』を描き込み続けていたからこそ、ガルディアの軍事力は維持されていたのだ。
それを「無意味な戯れ言」と踏みにじり、彼女を追放した結果がこれだ。
「ええい、役立たずどもめ! ならば、防衛が手薄になっている分、他国を侵略して物資と富を奪うしかない!」
ダリウス王子が苛立ち紛れに叫んだ。
「標的はルネサンス王国だ! あのような芸術にかまけた軟弱な国など、我が軍事力で一捻りにしてくれる!」
彼は己の武力しか信じていなかった。アリアを失った穴から目を逸らすように、大軍を率いて国境へと進軍を開始したのだ。
――その凶報は、すぐさまルネサンス王国の王宮にも届いた。
「ガルディア帝国の大軍が国境に!? 武装した三万の軍勢だと!?」
王宮は騒然となった。平和を愛するルネサンスには、強力な常備軍はない。
レオン殿下はすぐさま軍装に着替え、私のアトリエに駆け込んできた。
「アリア、すぐに安全な場所へ避難してくれ。私が前線で指揮を執り、時間を稼ぐ」
彼の凛々しい顔には、私を守るという強い決意が滲んでいた。
しかし、私は首を横に振った。
「いいえ、レオン様。私も行きます」
「アリア! 危険すぎる! ガルディアの軍事力は……」
「ようやく見つけた、私の大切な居場所です。私を信じて、私を愛してくれたこの国を……今度は私が、私のやり方で守ります」
私は、レオン殿下が贈ってくれた最高級の魔法の絵の具束と、身の丈ほどもある巨大なキャンバスを背負い、迷いのない瞳で彼を見つめ返した。
国境の平原。
地鳴りのような軍靴の音を響かせ、ガルディアの大軍が黒い波のように押し寄せてきていた。
先陣で馬に乗るダリウスの姿が見える。彼は傍らにセリアを侍らせ、下卑た笑いを浮かべていた。
「見ろ、ルネサンスの非力な守備隊を! 一気呵成に踏み潰せ!」
ダリウスが剣を振り上げ全軍突撃を命じた、その時。
ルネサンス軍の最前線に、一人の少女が大きなキャンバスを立てて立ち塞がった。
「なっ……アリア!? なぜあんな無能な女がしゃしゃり出てきたのだ!」
ダリウスは一瞬驚いた後、鼻で笑った。
「ちょうどいい、あの屈辱的な作り笑いごと、まとめて馬で轢き殺してやる!」
私は、突進してくる三万の騎馬隊を前にしても、恐怖は微塵も感じなかった。
ただ静かに、絵筆に『軍事訓練で極めた極限の魔力』を注ぎ込む。破壊はできない。だが、私には『創造』できる。
戦場は私のキャンバスだ。
筆が空を舞う。
私はキャンバスに、一気呵成に『巨大な炎の壁』を描き出した。
――ゴォォォォォォォォッ!!!
次の瞬間、なにもない平原のど真ん中に、天まで突くような『本物の灼熱の業火の壁』が実体化して立ち塞がった。
「なっ、なんだこれは!? 止まれ、止まれぇぇっ!」
先陣を切っていた騎馬隊が、突如現れた炎の壁に恐れをなして次々と落馬し、大混乱に陥る
私の筆は止まらない。
続けてキャンバスの下半分を黒く塗りつぶし、『底なしの泥沼』を描き加えた。
すると、ガルディア軍の足元の固い大地が、一瞬にして広大な泥沼(非現実的な空間)へと書き換えられた。
「ぎゃあっ! う、馬が沈む!? なんだこの泥は!」
「助けてっ! ダリウス様、足が抜けませんわ!」
自慢の魔力を誇っていた妹のセリアでさえ、私の生み出した環境操作魔法の前に為す術もなく泥に足を取られ、パニックを起こして泣き叫んでいる。
ダリウスたちが誇っていた「武力」や「破壊魔法」は、的が見えない変幻自在の絵の魔法の前では、文字通り『絵空事』のように無力だった。
「アリア……これが、君の本当の絵……圧倒的だ」
背後で指揮を執っていたレオン殿下が、私の生み出す魔法の景色に息を呑んでいるのがわかった。
私は仕上げに、空に『無数の光の鎖』を描き込んだ。
キャンバスから飛び出した実体の魔法の鎖は、稲妻のような速度で戦場を駆け巡り、泥沼でもがくダリウスやセリア、そして軍の指揮官たちを一網打尽に捕縛していった。
わずか十数分。
これが、私を見下し、私を追放した軍事大国ガルディアの……完全なる敗北の瞬間だった。
◆
ルネサンス王道国境の惨状。
三万を誇ったガルディア軍は、死者すら出さぬ圧倒的な「絵画の魔法」の前に完全に制圧され、平原には静寂が落ちていた。
泥まみれになり、光の鎖に両手を縛られたダリウスとセリア、そして軍の指揮官たちは、顔面を蒼白にして私を見上げていた。かつて私が「落ちこぼれ」として肩身を狭くしていた祖国。今、私の足元にひざまずき震える彼らの姿は、あまりにも惨めだった。
「ひぃっ、やめろ、私が誰だと思っている! ゼクス王国の……」
無様にも叫ぶダリウスに、私は冷ややかな視線を向けた。
「その称号が、この絵描きごときに負けた言い訳になりますか?」
私は静かに歩み寄り、泥水に塗れ、かつての傲慢さを失った元婚約者を見下ろした。
「なぜ……落ちこぼれのお前が、こんな力を……! お前には、破壊魔法なんて……」
「そうですね。私には、あなた方のような『破壊の力』はありません」
私は、戦場に点在する魔法の絵――炎の壁や、泥沼を一瞥した。
「ですが、私は『描く』ことができる。あなた方が踏みにじり、『無駄だ』と切り捨てた『絵の力』ですよ? まさか、かつての自分の言葉をお忘れではないですよね?」
「あ……」
ダリウスは言葉を失い、絶望に歪んだ顔で私を見上げた。自分がもっとも見下していた存在に、誇るべきすべてを奪われた事実が、ようやく彼の中で咀嚼されたのだろう。
その隣で、セリアは「お姉様、お願い、助けて」と泣き喚いていたが、私の心にはさざ波一つ立たなかった。
かつて私を「無能」と切り捨て、国から追放したガルディア皇帝――父の姿も、後続部隊の捕虜の中にあった。
彼は私が描いていたという防衛陣の真実を知り、私の姿を見るなり「アリア! 頼む、戻ってきてくれ! お前の力が必要なのだ!」と浅ましい声で叫んだ。
しかし、私はすでに背を向けていた。
「私を拾い、私の世界を愛してくれたのは、このルネサンス王国だけですから」
冷たく言い放ち、彼らの言葉に二度と耳を貸すことはなかった。
彼らは重罪人として連行され、ルネサンスの牢獄で己の愚かさを一生悔いることになる。ガルディア帝国も、ゼクス王国も、この大敗北によって国力を失い、衰退の一途を辿るのは明白だった。
「……見事だったよ、アリア」
背後から、温かい声がした。
振り向くと、レオン殿下が優しい微笑みを浮かべて立っていた。泥一つ跳ねていない美しい姿で、彼は私の手を取り、跪いた。
「君の圧倒的な力が、この国を――私を救ってくれた。君は、真の芸術家であり、ルネサンスの誇りだ」
「レオン様……」
私は緊張の糸が切れたように、安堵の息を吐き出した。
「私……怖かったです。でも、あなたがくれたこのキャンバスと絵の具があったから、私は私らしく戦えました」
「ありがとう、アリア。君の世界は、本当に美しい」
レオン殿下は私の手元にキスを落とし、そして、見上げながら真摯な瞳で告げた。
「アリア、私の人生というキャンバスに、永遠に君を描き込ませてほしい。私と結婚してくれませんか?」
「……!」
それは、私の胸を満たす、最高の答えだった。
かつての冷たい婚約破棄とは違う。愛と尊敬に満ちた、温かい誓い。
「……はい。喜んで、レオン様」
私が涙ぐみながら頷くと、彼は立ち上がり、私を強く抱きしめた。
戦場に広がる魔法の絵は徐々に消え去り、あとには澄み切った青空だけが広がっていた。
こうして、すべてを失った落ちこぼれの王女は、最も世界を美しく描く筆を手に入れ、最高の理解者と共に幸せな未来のキャンバスへ歩き出したのだった。
(了)




