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雨を裂くは、黒の牙  作者: よもぎ餅
第1章《雨と影の序曲》

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第1話:帰還、ルーチェ本部にて

港での任務を終えた黒狗《Seconda Zanna》は、夜更けの道を走っていた。

 街の灯りが後ろに流れ、フロントガラスに残る雨粒だけが現実を映している。


 車内は、静かだった。

 エンジンの唸りと、ワイパーの律動。

 それ以外の音はない。


 「……十秒、だな」

 運転席のテオがぼそりと呟いた。

 「お前、また記録を更新した」

 後部座席に座る青年は、反応を見せない。

 ただ、窓の外を見つめている。

 夜の雨が光に滲み、街の形をぼかしていく。


 「聞こえてるか? 迅」

 「……ああ」

 湊の声は低く、濡れたガラスのように冷たかった。


 テオこと、マッテオ・グレコ。

 黒狗の戦術担当であり、湊の相棒。

 頭脳と体力を兼ね備えた彼にとって、沈黙は不安でも緊張でもない。

 ただの“いつもの夜”だ。


 「お前、帰ったら寝ろよ。もう三日まともに寝てねぇだろ」

 「眠れない」

 「だろうな」

 それ以上、テオは言わなかった。

 無理に聞かない。

 無理に慰めない。

 その距離感が、二人の間には心地よかった。


 車はファミリーの本部があるビルの地下駐車場に滑り込む。

 外ではまだ雨が降っていた。

 黒い傘を差す影が一人、出迎えに立っている。


 「おかえりなさい、Seconda」

 声の主はアリア・ルーチェ。

 金色の髪を後ろで束ね、濡れた靴音を気にする様子もない。

 ルーチェ・ファミリーのボスの娘であり、彼らのオペレーター。


 「報告書は?」

 「明朝には提出する」

 「了解。……被害は?」

 「敵三十。味方ゼロ」

 アリアは軽く頷き、安堵の息をついた。

 その仕草には、組織の人間らしからぬ“人間らしさ”があった。


 湊は無言のまま通り過ぎようとしたが、

 アリアの視線が、彼の背に止まる。


 「……湊」

 「何だ」

 「ちゃんと休んでね」

 「必要ない」

 「そう言うと思った」

 アリアは小さく笑う。

 湊は返事をせず、廊下の奥へと歩いていった。


 テオは彼女に軽く手を上げて言う。

 「気にすんな。あいつ、雨が降るとこうなる」

 「雨?」

 「昔のこと、あんま覚えてねぇらしいけど……事故の夜も、雨だったってさ」


 アリアの表情がわずかに曇る。

 だが、何も言わずに視線を逸らした。


 湊は、自室のドアを静かに閉めた。

 狭い部屋。

 机とベッドと、古い懐中時計。

 時間は動いているのに、彼の世界は止まったままだ。


 靴を脱ぎ、ベッドに腰を下ろす。

 雨音が窓を叩く。

 その音は、心の奥にある何かを呼び起こすようで――

 けれど、何も思い出せなかった。


 “十秒で、世界が終わる。”

 それが自分の力であり、同時に呪いでもあった。


 湊は目を閉じる。

 頭の奥に、かすかな声が響いた。

 ──光を、壊せ。


 目を開けたとき、

 雨はさらに強くなっていた。


 外の街灯が、雨に裂かれて揺れている。


 その光景を見つめながら、

 湊はようやく息を吐いた。


 そして、呟く。

 「……まだ、眠れそうにないな」


 夜は、長い。

 黒狗の牙は、まだ静かに濡れていた。

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