プロローグ:十秒の牙
初めての作品なので、誤字などがあれば教えてください
雨が、港を濡らしていた。
夜の海風に混じるのは、錆と油と、血の匂い。
コンテナが乱立するその一角で、二つの影が立ち止まる。
先に口を開いたのは、黒いコートの男だった。
「……敵の位置、確認。倉庫C、三十名。重火器持ちだ」
テオこと、マッテオ・グレコが言う。
その声は低く、冷たく、よく通る。
無線が小さく鳴り、女の声が割り込んだ。
『黒狗、任務開始を許可。――殲滅しなさい』
アリアの声だ。
指令はそれだけ。ためらいの欠片もない。
テオは肩越しに隣を見た。
フードを深く被った青年が、わずかに頷く。
その目は暗く、深い闇の底に沈んでいるようだった。
「……行け」
その一言が、引き金だった。
足音。
そして、音が止まる。
雨が宙で静止し、風が凍った。
時間の幕を、彼が十秒で切り裂いた。
銃口が火を噴くより早く、敵の喉が裂ける。
弾丸よりも先に、刃がそこにあった。
悲鳴は上がらない。
音すら追いつけない。
――十秒。
世界が、再び動き出す。
雨が地を打ち、風が吹き抜け、鉄の匂いが満ちた。
倉庫の奥には、もう誰も立っていない。
青年は刀身を軽く払う。
「……完了」
「十秒。予定通りだな」
テオは時計も見ずに言い、口元に微かな笑みを浮かべた。
「ほんと、お前の“速さ”は化け物じみてる」
「命令だろ」
「そういうの、たまには褒め言葉として受け取れ」
返事はない。
青年はただ、雨に濡れた空を見上げた。
雲の切れ間から、淡い月が覗く。
無線が再び鳴る。
『黒狗、任務完了を確認。帰還を許可する。――お疲れさま』
通信が切れ、静寂が戻る。
二人は何も言わず、港を離れた。
血と雨が混じる地面に、足跡が二つ。
その夜、光も救いもなかった。
ただ、命じられた通りに牙を振るう。
――雨を裂くは、黒の牙。




