老師曰く「役割語を使い過ぎるとリアリティがなくなるんじゃよ」
皆さんは西日本以外で、語尾に一人称が「ワシ」で語尾が「じゃ」、「じゃよ」という話し方をするご老人に会ったことはありますか?
おそらく、ないかと思います。なぜなら、これは「役割語」の一種だからです。
「役割語」について、令和七年八月現在のWikipediaの記事には次のような説明があります。「話者の特定の人物像(年齢・性別・職業・階層・時代・容姿・風貌・性格など)を想起させる特定の言葉遣いである。主にフィクションにおいてステレオタイプに依存した仮想的な表現をする際に用いられる」と。
「役割語」の便利なところは、その言葉だけで人物像を捉えやすくなるところです。例えば、こういう場面はどうでしょう。
「身分を笠に着た貴様の横暴は目に余る。オレは貴様との婚約を破棄する!」
「ぴえーん、怖かったですぅ」
「まぁ。身分を笠着ての横暴な振る舞いなど、身に覚えのないことですわ」
これだけで、発言者の性格や立場が分かりますよね。きっと、最初の発言者は威張りくさった王子で、次の発言はあざとい泥棒猫のような少女、最後の発言者は、幼い頃からの王子の婚約者で高位貴族の娘だろう、と。
また、一度に複数の人物が言葉を発するような場面でも、登場人物が皆役割語を使っていれば、その言葉が誰のものかも、一目で分かります。
「断る」
「お断りよ」
「お断りしますわ」
「お断りだにゃん」
というように。
しかし、役割語にもデメリットが存在します。
一つ目が、人物造型がステレオタイプ的になり、深みやリアリティがなくなる、ということです。現代を舞台にした作品でリアリティを追求したい、登場人物をしっかり造り込みたいという場合には、特に誇張された役割語は控えた方が良いでしょう。
二つ目は、必要以上に古風に感じられる、ということです。例えば、「ワシは妖怪学の博士じゃ」のような老人や知識人をイメージさせる役割語は、一説によれば、江戸時代から使われているそうです。日本の文化的中心が上方にあった頃の名残りで、老人や知識人に上方の言葉を使うイメージがあったとか。そのためでしょうか、現代や未来世界の人物が使う言葉としては馴染まないようです。
特に未来世界の老人は、私たち、或いは私たちの子孫にあたる世代ですよね。どこかの時点で標準語が広島弁になったか、たまたま登場した老人たちが全員広島県出身だったか、広島県民以外は六十歳未満で……という世界、等の設定でなければ、違和感のある言葉遣いだと思いませんか(正確には広島弁でもありませんが)。
また、上位中産階級以上の階級の婦人の言葉、というイメージの山の手言葉も、現実世界では若い女性より、上品な高齢の女性を連想させます。そもそも「女性らしい」言葉遣いそのものが、現実世界では使われなくなってきているせいか、一定以上の年齢層を連想させるものになっているように感じます。
山の手言葉と女学生言葉が組み合わさって出来たとされるお嬢様言葉も同様です。
ただし、お嬢様言葉が用いられる作品は主に異世界恋愛のジャンルであり、異世界恋愛の舞台の多くは中世というよりも近代のヨーロッパをモデルにした世界が多いようですので、その世界の上流階級の娘が親しい相手に話す言葉としては相応しいと思われます。
では、現実世界を舞台にした作品では役割語を全く使うべきではないのか、というと、そうは考えていません。
コメディをはじめとする娯楽作品では誇張した表現として、それぞれのキャラクターに合った役割語を使った方が面白いと思います(特定の人々を侮辱するような誇張だけは絶対にしてはなりませんが)。
現実の言葉、特に若者言葉をそのまま使うと、逆に読みにくいこともあります。それぞれの作品の雰囲気に合わせて、読者に分かりやすいものを取り入れても良いと思います。
そして、使い古された役割語ではなく、現実世界の人々の言葉遣いを参考にしながら、自分の作品の登場人物に相応しい言葉遣いを考える、ということも必要だと思うのです。私の場合は、知的な老人を登場させる時には、大学生の時にお世話になった教授の言葉遣いや、近代から昭和中期の知識人が講演で使った言葉遣いなどを参考にしています。
役割語は創作上非常に便利なものですが、使う作品のジャンルや世界観に相応しいか、注意する必要もあります。時には既存の役割語に頼り過ぎない工夫もすべきだというのが私の考えです。
皆様のお考えは如何でしょうか。
時代小説では町人には町人言葉で、武士には武家言葉で話してほしいですし、異世界恋愛の令嬢にはお嬢様言葉で話してほしいと思うのですよ。古代の女神にも「妾は五千年生きた女神なのじゃ!」と言ってほしいですし。
役割語必須の作品は、確かにある。でも、控えた方が良い作品もある、ということを述べたかったのですが、難しいですね。
なお、Wikipediaはあくまで一般的な認識の参考として引用したものであり、正確な専門的知見とは異なることもあることをご了承ください。