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第4話 スキルのトリセツを作る

「なぜだーーー!!」

 あまりの無力さに膝から崩れ落ちた。

 壮大な妄想は、目の前の棒人間に見事に打ち砕かれた。


 ――理由は俺自身が一番よく分かっている。

(……この際だから、正直に()()しよう!)

(絵心のない俺には、棒人間しか描けないんだ。)

 

 俺は昔から美術のセンスは皆無だった。

 何を書いても理解されない。

 あげく、小・中で付いたあだ名は――『ゲルニカ学習帳』。

 美術教師がいつも困り顔だった……。


 そんなトラウマもあって、今日まで絵とは無縁の生活を送ってきた。

「まさか改めて、自分の弱点と向き合うことになるなんてな……。」

 

(……泣けるぜ。)


 ――どれくらい経っただろう……数時間、数日か?

 ここでの時間はひたすらに濃密だ。


 以前、時間の流れが違う場所で修行していた、戦闘民族のお猿さんたちのアニメがあったが、まさにそれ。

 (だが、決してこの時間を無駄にしてたわけじゃないぞ……。)


 出来るようになったことは案外多い。


 まずは――火起こしだ。

 時間はかかるが、しっかりと火種を作れるようになった。

 木の板に木の棒を擦り付けて、火を起こす方法だ。

 煙が上がった瞬間は小躍りしたくなるほど嬉しかった。

(……いや、実際ちょっと踊ったけどな。)

 

 一度、消えるとまた種火からやり直し。

 だから、起こした火を絶やさないように、こまめに薪をくべた。

 雨の日は……まぁ、湿気に発狂しかけた。


 とにもかくにも、これで生キノコの刺身とはおさらばだ。

 食中毒のリスクも減ったし、飲み水の煮沸を考えても――鍋があれば、の話だが……。


 次に謎と戯れに満ちたスキル【棒人間】だ。


 最初にやったのは名前付け。

「棒人間」と呼び続けるには愛がなさすぎる。

 皮肉から出来るだけキュートな名前したい。


 スタートの内容は実にしょうもないだろう?

 ……分かっているさ……同感だ!!

 

 スキル名から連想して、スケッチに近い名前を考えてみた。

 最初に浮かんだのはアメリカの某スニーカーブランド……って却下だ!

 

 次は、棒+人間でメン棒……却下!!

 最終的に落ち着いたのは、「線で描いた人間」――【せん(にん)】だ。


 ……もう、これでいいや。 

 そもそも、俺はネーミングが苦手だ。

 YouTubeのチャンネル名だって、決めるまでに何日悩んだことか。


 名前が決まったら、次は性能テストだ。

 何ができるか別れなければ、使い物にならないし、生存率にも直結する。

 

 と言うことで――

 ひたすら召喚、召喚、また召喚。


 地面に描いては消え、描いては消える。

 努力と言う言葉は嫌いだったが、行為それ自体は嫌いではなかった。

 没頭している時は、現実の嫌なことを忘れられるし、生きてるって実感が湧いた……気がした。

(まぁ、報われたことは少ないけどな……。)


 試行錯誤の結果、いくつかの法則が分かってきた。


 まず、【せん人】の召喚には地面に指で描くことが必須。

 イレーネの前でできた空中描写は何度やっても再現できなかった。

 (木の枝や石でもダメか……。)


 あの時と違っていたことは他にもある――上手く言えないがスケールだ。

 イレーネの前で現れた棒人間は、しっかりと立体感があり、頭も丸々としていた。

 

 対して、今の【せん人】は紐のように細く、ぐにゃぐにゃしている。

 奥行きも俺の指の太さ程度しかなく、描いた部分以外は穴だらけだ。

(こんな状態で、本当に役に立つのか?)


 召喚を意識すると、指先がじんわりと光りを帯びる。

 まるで、鈍く輝く光のクリームを指にまとわせたような感覚になる。

 それを地面に塗り付けるように描く――そうして【せん人】は形になる。


 あとで分かったことだが、【せん人】の太さや奥行きは、どうやら俺の指先に宿る光の濃さに比例しているようだった。


 何度も試すうちに、変な失敗も出てきた。


 たとえば、うっかり地面の石を巻き込んで描いたら――

 せん人の腰の位置に小石が食い込み、召喚直後から腰を押さえて「いたた…」みたいな動きになった。

(そんなリアルな痛み表現いらねぇ!)


 次に出現時間。

 間隔的には、使うたびに少しずつ伸びている……気がする。

(今の最長で3秒~5秒ってところか……?)


【せん人】は命令しないと動かない。

 つまり命令なしでは、ただの紐細工のカカシごっこだ。


 それと、スキルを使う度に全身がぐったりする。

  恐らく、ステータスにあった魔力を消費しているんだろう。 


 と言うことで、まとめてみた。


【せん人の取扱説明メモ】

・召喚には地面に指で描くことが必須

・空中描写は不可、枝や石も不可

・太さと奥行きは指先の光の濃さに比例

・最長稼働時間は現状3〜5秒

・命令しないと動かない

・使用後は魔力消費で全身がだるくなる


 何にしても、レベルが上がれば出来ることも増えてくるだろう……。

 まぁ、その前に死なないようにしないとな。


 ――あの日は少し違った。


 今、思えば森の様子もいつもと、何か変だ。

 この時間、森は木々のざわめきや動物、魔獣の遠吠えで騒がしいのに。(……今日はやけに()()()()()。)


 この時間なら、耳をすませばどこかで魔鳥の鳴き声がして、

 木々の間をリスみたいな魔獣が走り抜けていく。


 だが、――風が通っているのに、葉のざわめきすらほとんどなかった。

 耳鳴りかと思うほどの沈黙。

 

 その日はいつもの日課になっていた【せん人】召喚の訓練をしていた。

 地面に描いて、光らせて――


 ぼんっっっ!!

 ……出てきた【せん人】は、いつもと同じ。


 ――と、思った瞬間。

【せん人】の全体が、眩しい光に包まれた。

 それは、朝日よりも強く、どこまでも神々しかった。

 

 やがて光が収まり――

 そこに立っていたのは、相も変わらず紐のようにぐにゃぐにゃのペラペラ。

 さっきまでの神々しさはどこへやら、ただ俺をじっと見つめていた。


「えーと……せん人……様?」

(召喚ミスか?)


 その【せん人】はキョロキョロと辺りを見渡す。

 空を仰ぎ、自分の細すぎる腕と脚を交互に眺め――そして俺と目が合った。

 

 ……あれ?そういえば俺、何も命令してない。

(もしかして……スキルレベル、上がったか?)


 だとしたら、努力が報われたってことか?

 

 ようやく、俺にも光が――


 トゴッッッッッ!!


 突然、腹部に激しい衝撃が走った。

 息が詰まる……膝が折れる。

(な、何だ……?()()()()……のか?誰に……?)

 

視線を上げると、正面には【せん人】。


 せん人!?

 えぇーーー!


 そのクルリと細い右手は、キラキラと黄金に輝いていた――まさに伝説の右だ。


 腹を押さえて悶絶しながらも、俺は頭の片隅で冷静に分析していた。

(……いや、分析してる場合か!?)


(そもそも、なんで俺の召喚獣が、真っ先に(あるじ)を殴るんだよ!)

(忠誠心どころか、初期設定が「敵」なんじゃないのか!?)


 視界の端で、せん人はまだ右手をキラキラさせていた。

 まるで「次もいくぞ」と言わんばかりに。

(いや、待て待て待てぇぇーーーっ!!)


……数秒間、俺は腹を抱えたまま呻いていた。

読了ありがとうございました!

よろしければ第5話も読んでいってくださいね。

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