第3話 創造のはじまり(最初のスケッチ)
無能の烙印を押された俺は、命からがら森に逃げ込んだ。
あの日は、人生で一番長い一日だった。
森の中は、想像以上に暗い。陽が沈むと、辺り一面が墨を流したように黒く染まる。
ネオンの明るさに慣れていた俺は、人が何も視認できない領域――いわゆる漆黒ってやつを、初めて実感した。
夜は何も見えないし、獣の気配もない。
でも、音はする。風の音。葉の揺れる音。自分の心臓の音。
音がするたびに、何かが近づいてきてるような気がしてならなかった。
「……寝る場所、どうすっかな。」
地面は硬く、根が突き出している。適当に枝を集めて寝床を作ったが、まるで石の上に寝ているような体の痛さだ。
不安と恐怖で、正直まったく安心できない。
おまけに空腹で倒れそう……。
支給品の水袋が皮肉にも役に立ったが、それも長くはもたないだろう。
明日、食材探しと一緒に……探しに……。
こうして一日目の短い眠りを迎えた。
――翌日、空腹が限界を迎えた。
生き残るためには、四の五の言ってられない。
(こうなったら何が何でも生き残ってやる!)
そう意気込んだ俺が、まず初めにクリアすべき課題は食材探し――
次に底をつきかけている水の調達が急務だ。
辺りを見渡した……日中でも森は薄暗く不気味だ。
最初に目に付いた物はキノコだった。
見える範囲のキノコは怪しげな形のものが多かったので、少し範囲を広げて探索をした。
明らかに鮮やかな色をしたキノコは危険だと聞いたことがある。
だから、赤や青、紫色のキノコは除外した。
(地球じゃ見たことない色ばかりだ……。)
選別しながらようやく手に取ったキノコはスタンダードな茶色だ!
幸運にもねぐらの側にたくさん自生していた。
(少し小ぶりだけど、これならいけるか?)
普段なら絶対に口にしないような物も、極限の疲労と空腹でご馳走にしか見えない。
(キノコがキラキラ輝いて見えるぜ!)
キノコを拾い集めた帰り道、小さな音が耳の端に聞こえてきた。
――チョロチョロ……水の音だ。
音の方へ足を向けると、茂みの奥に小さな湧き水を見つけた。
手のひらで掬ってみると、冷たくて――生き返る。
「……助かった。」
倒木にこびり付いていた苔をフィルター代わりにして、ろ過を試してみるが……濁っただけで上手くいかない。
やむを得ず、そのまま湧き水を水袋に補充した。
泥臭い。でも、うまい。生きてるって感じがする。
食材が集まったら次は調理だ……。
火種……なし!
スパイス……なし!
他の食材……なし!
(はい、手詰まりです!)
――今日はキノコを刺身にして食べようと思う。
つまりは……生だ……。
(天から授かりし大地の恵み……そう思い込め!!)
少しだけ……いやかなり土の臭いがしたが、食べられないほどではなかった。
不味いが……ビッグバン的に不味い、わけじゃない?
(意外といけるんじゃないか?)
この調子でサバイバルで生き抜いてやるぜ!!
――ギュルギュルギュル!
胃の奥が妙に重い。鈍い痛みとともに、じわじわと吐き気がこみ上げてくる……原因は言うまでもない。
腹が内側からねじれるような感覚に、思わず地面に手をついた。
(この世界の難易度、ベリーハードじゃね?)
寒気がした。
「……やばいな……俺、ほんとに死ぬかも。」
この世界に来て、まだ一日目だというのに。
まだ何も始まっていない。
誰にも会ってないし、何も手に入れてない。
それなのに──すでに、終わりが見えている気がした。
ごうっ、と木々の間を風が吹き抜けた。葉がざわめき、まるで誰かが笑っているように聞こえた。
今日は獣なのか魔物なのかわからないが、不気味な鳴き声がやたら煩い夜だった。
リュートは身を縮め、丸くなって目を閉じた。
「明日は、火を起こそう……絶対に……。」
翌朝、倒れ込んだまま、しばらく空を仰いでいた。
呼吸が浅い。体は冷たい。
でも、心のどこかで――何かが、灯っていた。
……そうだ。
スキルカードをもう一度確認してみよう。
そう思い経つと、俺は兵士に拘束される前にポケットにしまっておいたスキルカードを取り出した。
【職業】:クリエイターズ(階級:お絵描きニート)
【スキル】:棒人間召喚(Lv1)
いつ見ても馬鹿にされているとしか思えない、ふざけたステータスだ。
「そもそもお絵描きニートってなんだよ!」
(お絵描きまでは許すとして、ニートは職業じゃないだろう!)
この世界の俺への冷遇に沸々と怒りが込み上げてくる。
(それになんだ、どこのラノベでも見かけない、このギャグスキルは!?)
「ふつうはこの世界に勝手に呼んだのだから、チートスキルとかで接待しろよ! 美女のバートナー、イベントとか発生するでしょうが!」
それが【棒人間召喚】って何さ、……すごい泣けてくる。
そんなことを考えながらブツブツと独り言を発していた。
(昨日、食べたキノコがチートスキルくれないかな?)
くだらない事ばかりが頭を過る。
――しばらく、スキルカードと睨めっこをしていて、ふと気が付く。
「お絵描きニートのインパクトが強くて気が付かなかったけど、このクリエイターズって何だ?」
クリエイターってことは何かを作るのか?
お絵描きだから、描けってことか?
どうやって……?
頭をポリポリと掻きながら考え込んでいると、ステータス欄にあった大ヒントを発見する。
【概要】:描いたものを具現化するスキル(ただし使用者の芸術センスに依存)
そういうことだったのか!!
要するに俺が想像したものが、具現化できる能力ということだ。
一瞬、息を呑んだ。まさか、俺が描いたものが――この世界で実体になるってことか!?
(つまりは想像力と絵心次第で、どんなものでも出せるってことか!?)
例えば、移動手段に空駆ける馬、ペガサスとか、最強の想像種、ドラゴン、伝説の古代兵器なんか出せたらスゴイ!!
(ついに俺のムーブが到来か!?)
壮大なスケールに妄想は膨らむばかりだ……。
「……早速、試すか。」
俺は、ゆっくりと体を起こし、右手の指先を見つめた。
――あの時、あの光は、確かにここから出た。
空に……描こうとしたが、手はむなしく宙を切るだけだった。
「……え?反応、なし……?」
何度も空をなぞってみるが、手ごたえはゼロだった。
そういえば――あの時は、指が勝手に動いてたんだっけ……。
もしかして……あれって、チュートリアル的なサービスだったのか?
仕方なく、俺は地面に視線を落とした。
足元の土は柔らかく、指先でなぞれば、線が描けそうだった。
「お絵描きニート……自分で言ってて腹が立つが、お絵描き……。」
――土でお絵描き……やってみるか。
しゃがみこみ、右手の指で土の上をなぞる。
想像を巡らせ、丁寧に、集中して、描いていく。
かっこいいドラゴンだ!ドラゴン……。
もしくは雄大なペガサスでもいい!!
意識の高まりに呼応して指先が鈍い光を帯びる。
「……出てこい!僕の友達!!」
(ん?また……デジャヴ?)
妖怪が出てきそうな気がしたが……気のせいだった。
ぽんっっっ!!
土の上で震える光の粒から、ひょっこりと棒人間が飛び出してきた。
無情にも俺の期待とは逆に、出てきたのは――
小学生の時にたくさん描いてきた……あいつだ!
線がふにゃふにゃ、足も短い、どこか憎めない愛らしいヤツだった。
限りなく二次元のそいつは紙のようにペラペラ、あえて言うならば紐だ。
そして、すぐに
――ぱんっっっ!!
爆ぜた。
閃光のように、そして音と光は瞬く間の出来事だった。
俺はしばらく立ち尽くした。
期待が高かったぶん、落差がひどい。
心が……折れた気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
災難続きのリュートの今後の展開に乞うご期待・・・。