彼女が言ったんです
【地方新聞・朝刊一面/社会面】
「工事中カーブでまた転落 ブレーキ痕は短く 1年で5件目」
【○○県○○市】
東北のとある県をまたぐ山間部、現在一部が工事中となっている右カーブ地点で、またしても乗用車の転落事故が発生した。運転していたのは市内在住の会社員男性(34)
意識不明の重体となっている。
工事現場には通常通り夜間はバリケードが設置されていた。
にもかかわらず、事故は過去1年で5件目。いずれも「ブレーキ痕が極端に短い」「ハンドル操作の形跡が見られない」など共通点が多く、警察も原因の特定に難航している。
なお、初めての事故は昨年4月、同じカーブで起きた。運転していたのは、社会人になりたての女性(当時22歳)。週末に隣県の実家に帰る途中の事故であり現場が工事中となるきっかけの事故だった。
警察はやがて、一人の男性を逮捕した。三十代半ばのプログラマー。犯罪歴もなく、どこにでも居るような人畜無害に見える男性だった。
取り調べで男性は、こう語った。
「ETC車載器ってあるじゃないですか。あれ
“ETCカードが挿入されていません”って警告を出すでしょ。そこに外部から通信すれば、任意の音声を流すことも出来るんですよ。」
男性は、自作の機器を使い、通過する車に「直進方向です」という偽の案内を流していた。
実際には右カーブなのに、そう言われたドライバーたちは、そのまま真っ直ぐ進んでしまった。
行き着く先は、バリケードのない崖だった。
男性は事故の前にバリケードを撤去し、事故が起きた直後、何食わぬ顔でバリケードを元通りに戻していた。
不思議なことに、誰一人として、音声の違和感に気づいた者はいなかった。
ETC車載器とカーナビでは、音質が異なるはずだ。だが、誰一人としてその音声に違和感を覚えた人間はいなかったようだ。
慣れた親しんだ音に、人は油断するかのように。
警察が動機を問いただしても、男性はただこう繰り返すばかりだった。
「彼女が言ったんです。寂しいから、友達を連れてきて、って」
彼女が誰かを尋ねても、男性はそれ以上は口を閉ざした。
彼はなぜ、およそ単独犯とは想像も出来ないような手間をかけ、執念深く彼女の願いを叶えようとしたのか。
そして彼女とは最初の事故の犠牲者の事だろうか。
それとも彼女もまた別の誰かの声に、
導かれてしまったのだろうか…