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執事

「あ、来た」


「みたいだな」


「じゃあ着替え持ってくるから、外に出て待っていてもらえる?」


「はいはい」


 チャイムが鳴ると、朝比奈がドアを開けに行く。ドアの前には、びしっとタキシードを着こなす、白髪が似合う男がいた。推定六十代だが、佇まいからは明らかに只者ではない。視界に入れるや否や、嘗め回すように俺のことを見てくる。


 あの老人は、朝比奈の母親の執事だったらしい。ということは、その正体も当然知っているはず。それに加えてだが、ボディーガードの役割も担っている可能性も高い。いや、その辺は間違いないな。朝比奈よりもこっちの老人の方が強そうだ。


「あ、この人の紹介をするわね」


「いえいえ、宙様は先にお着替えください」


「あ、確かに。そっちのほうが良いかもね」


 俺は仕方なく外に出ると、朝比奈にドアを閉められる。俺は執事と二人きりになってしまった。早く戻ってきてほしいのだが、女子だからあまり期待はしないでおこう。


 執事と少し距離を取り、壁に背を預けた。


 明らかに強そうな人に俺は憂惧していると、老人は俺に話しかけてきた。


「何も怯える必要はございません」


「……ばれていますか?」


「ええ。気が立っております」


 さすが猛者と言わざるを得ない。自分の実力を確信していて、それを疑わない。俺が怯えていると感じ取れば、むやみやたらに近付こうとはせずに、一定の心の距離を保っている。


「昨日、朝比奈から色々聞きましたよ」


「それであれば、わたくしからお伝えすることはございません」


「まあ、俺が干渉しない方が良かったと思いますけど、それは今更考えても仕方ないですね」


「おっしゃる通りでございます」


 眼鏡越しの細い目は優しく、さっき俺を見定めしていたあの目とは全く違うものだった。


「自己紹介がまだ出来ておりませんでしたね。わたくしは、久留間(くるま)と申します」


「星光です」


「では、星さん」


「ん?」


 久留間は空を見上げており心悲しそうに笑った。


「わたくしは、宙様が心から笑っているのを久しぶりに見ました」


「そうですか。俺は初めて見ました」


「星さんはこちらの世界についてご理解がおありのようですね」


「別にそんなことはないですよ。ただ、長い物には巻かれているだけです。弱い自分はそれが似合うと思っているので」


「終わったわよ~」


 壊しそうな勢いでドアを開けた朝比奈は見慣れている格好で登場した。その空気を味見するみたいに俺たちを一望すると、くすくすと笑う。


「もしかして……馴染めなかった?」


「事務的な会話だったな」


 久留間という人とは多分そりが合わない。堅くて、何かを探ろうとしている感じが俺としては気楽にさせてくれないのが単純につらい。


 心休まる瞬間が昨晩から一切ない。ただでさえ奇襲が怖くて一睡も出来ていないのだから少しくらい安息の時間をくれても良いのでは?ああどうして今日は平日なのだ。


「どうやら星さんはお疲れのようです」


「そこまで機敏に感じ取らなくてもいいですよ」


 自分の内情を把握され続けるのは中々嫌なものだな。執事としては非常に優秀だが、何でもない俺からしたら非常に厄介な人だ。


「それでは宙様、星さん。わたくしはこれにて失礼いたします」


 久留間は丁寧に頭を下げた。


 この老人には悪いが、帰ってくれるのは正直ありがたい。この場では、ただ俺だけが疲弊していくだけなのだから。朝比奈はこれに慣れてしまっているのだから、怖いものだ。


 高そうなセダンに乗って久留間は消えていってしまった。


 本当に、これは夢じゃないのか?


 昨日の朝はこんなものではなかった。ルールのない友達作りに没頭して、失敗してもまあ仕方無いと諦めのつく億劫な学校生活を送るのだろうと一年の最初から思っていた。クラスのヒロインが話しかけたきた時も、正直あの小さな思い出だけで終わらせようとしたのだが。


「なあ朝比奈。どうして昨日、屋上前の階段に来た?」


「う~んどうしてだっけ………そう!何かに導かれたの」


「何か?」


「うん!でも内緒」


「なんだよそれ」


 それが意味の分からない秘密を共有する仲になってしまった。もし、昨日の夜に買い物に行こうとしなければ、こうはなっていなかったはずだ。


 あの階段で話したこともきっとすぐに忘れてしまっていたのだろう。朝比奈にとってどっちが幸せなのだろうか。今はそれだけが心残りだ。復讐のことだって、知られないほうが良いのに彼女はそれを俺に言ってしまった。


「ねえ、ほし………光っ」


「え」


 久しぶりに名前で呼ばれ、俺は刹那的に硬直した。横に立つ朝比奈を視線だけ動かして見れば、じわじわと頬から耳に熱が伝っていく。どこか緊張した面持ちだ。


 こんな面倒な子と友達になってしまったことをいつかは後悔する日が来てしまうのかもしれない。やめておけばよかったと思う時もあるのかもしれない。


 でも、それでもいいか。今は少し楽しい。


「と、特に用はないわ。呼んだだけ」


「愛の告白をされるのかと………」


「………まだしないっ!」


 真っ赤な顔からは、爆弾発言が飛び出してきた。


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