友達
チュンチュンと鳴くスズメが朝の訪れを教えてくれる。家の中にいても聞こえてくるその声に魅了されながら、俺は呑気に朝ご飯の支度をしていた。
朝比奈に布団を貸していたため、俺は一睡も出来なかった。
「ん~、何かいい匂いする……」
朝比奈はあくびをしながら起きてきた。昨日のことを覚えていなさそうな呑気な顔が面白くて少し笑ってしまう。
「おはよう」
「あ、お、おはよ」
「朝ご飯食べるか?いらないなら俺が食べるけど」
「食べる。……お手洗いいってくる」
言わなくても良かったのだが、まだ寝ぼけているのか?
その間に、いつもよりも豪華な食事が出来上がった。焼きたてのトーストに目玉焼き。ウインナーまでついているし、特別にコーヒーまでオマケしておく。
「あ!美味しそう」
戻ってくると、すぐに座って目をキラキラさせる。
「そりゃ、ほとんどお前のために作ったみたいなものだし」
「ふふっ。ありがと」
「喜んでもらえて何より」
人のために何かするっていうのは存外悪い気がしない。逆に、そこまで嬉しそうだとおつりを貰ったみたいだ。
テーブルに料理を運び席に着けば、手を合わせて「いただきます」と育ちの良さを見せつけられた。それに感化されて、彼女を倣った。
大きな口でトーストを頬張る朝比奈をじっと見ていると、怒られてしまい俺もトーストを食べて、苦いコーヒーで流した。あまりコーヒーは好きじゃないのだが、折角ならとついでに飲んでみたけれどやはりダメで、ウインナーで口直し。
「もしかして、コーヒー飲めないの?」
しかもバレた。
「試しに飲んでみたけれど、やっぱり好きじゃないな」
「まだまだ子供ってわけね」
「なら飲んで良いぞ。捨てるのも勿体ないし」
冗談を飛ばしてみてその反応で遊ぼうと思ったのだが、俺は後悔した。
朝比奈は何の抵抗もなく、俺のカップに入ったコーヒーを飲んだ。それも、俺が口を付けた場所を避けずに。
勝ち誇ったその顔が多少ムカついたが、俺は黙っていた。
「ほら、飲んであげたけど?」
「復讐者のくせに、張り合うところが子供っぽいな」
「復讐者関係ないから」
「にしても、昨日の敵は本当に何だったんだ?」
「ああ、あれね。私もあの人たちのことは分からないわ。けど、あの人たちは私を狙っている暗殺組織のはず」
その言葉に、眉根にしわを作ってしまった。あんな目立つような大きな男が暗殺なんて出来るものなのか。
先の一件のせいで疑心暗鬼になりつつある。秘密を共有した朝比奈のことは多少信じても問題はないはずだが、どこまで信用していいのかが不明だ。危険すぎる彼女を傾倒し過ぎてしまえばいつか共倒れするか、どこかで利用されて俺が操られてしまう可能性も出てくる。
あの男が暗殺組織ならあんな馬鹿なことせずに俺を簡単に殺せるはずだろう。
「暗殺組織?何言っているかさっぱり分からない」
「この国には、暗躍している危険な組織が幾つもあるの。私のママも敵の目を掻い潜って暮らしてきたから多色詳しいんだけど、多分それの部類」
「へぇ~」
「なにその反応。教えてあげたんだから感謝しなさいよ」
なぜか俺の頬をつねってくるので、両手をあげて降参を示す。
「朝比奈はそいつらに勝てるのか?聞いたところ、お前の母親はこの国から見たら敵側なんだろ。だったら、相手は朝比奈より強いんじゃないか?」
「ふぅ~ん。そっか」
そう含んだかのようにニヤリと笑う。何を企んでいるか分からなかった俺は、気にせずに目玉焼きを食べようと箸を持つ。
すると、箸は俺の手の中からするりと消えていた。目の前の朝比奈がそれを持っていたと思いきや瞬く間に俺の後ろに回り込んだ。
そして、俺の首に横からつんと優しく刺してくる。
鼻で笑う朝比奈に反応出来ずに終わった。これが本番なら、死んでいるな。
「どう?これでも負けると思う?」
「……俺の負けだ。もうそこに言及するのはやめておく」
「よろしい」
表情は見えないが、随分嬉しそうだ。一体いつから俺は、朝比奈の機嫌取り機に成り下がったのだろう。
満足したのか、座って何事もなかったかのように食事を再開した。
「それよりもお前、一回家に帰らなくて良いのか?今日は学校だろ」
「それは大丈夫。近くに私の執事が来てくれているみたい。だから制服も持ってきてくれているはず」
「そんな人がいるのかよ」
「正確に言えば、ママ専用の執事だったけどね」
盗賊はそんな豪勢な暮らしをしているのか。俺がこんな貧相な家に住んでいるというのに、ずるしている奴はどうしてそんな良い生活をしていられるのだ。
「そういえば、あなたのご両親はどこにいるの?」
「もう亡くなった。交通事故でな」
「ご、ごめんさない。あなたと私は全然違ったわよね」
「別に、今更気にしなくてもいい」
育ってきた環境が全く違うから、デリカシーの無い話は慣れていないということを憂いているみたいだ。
だが、もう終わったことにとやかく言う方が野暮だ。
ばつが悪そうに俯いてしまったが、しょうがない。
「朝比奈って、それが本当の朝比奈宙なのか?」
「私は、そうね。学校の私は取り繕っている私」
「取り繕うのやめたら?疲れるでしょ?」
「高校では友達が欲しかったの。それに、あっちの性格の方が気楽に学校生活を送れるから便利なのよ」
「気楽?」
「ママとパパが亡くなった日から私は笑顔でいられなくなった。それを見せまいと思って敬語を使って人との距離を取って、笑顔を見せる関係を作らないようにしているの。作り笑いしていると失望されないようにね」
「別に良いじゃん。失望されても」
「は?」
何か言いたげな顔でこちらを睨んで来る。俺の言い方も悪い。彼女の処世術を何も知らない奴が簡単に否定しているみたいだものな。
けど、お前は教えてくれただろ。友達を作る方法は無いって。なら、お前のやり方は間違っている。
「どこまでいっても朝比奈は朝比奈だ。取り繕っても、何にも変わらない。そこにいるのは良いやつなのか悪いやつなのか分からないお前だよ。別に変化する必要なんかないし、それを誰かに遠慮することもしなくていい」
俺がこんな饒舌に話すとは考えていなかったのだろう、少し身を後ろに引いていた。
「でも、嫌じゃない?友達が心の底から笑っていなかったら、悲しくならない?」
「どうしてお前がそんなこと考えなきゃいけないんだ?馬鹿馬鹿しいだけだろ。そもそも友達に作り笑いしようとしているとか、本当にそれって友達なのか?朝比奈って結構寂しい奴だな」
「うっ……」
「感情を見せ合うのが友達だろ?結局、お前って友達少ないんだな。全然人気じゃないじゃん」
俺は煽るように、両手を天井に向けた。それが彼女に刺さったみたいで、テーブルに手をついて膝で立つ。
「は、はあ⁈あんただっていないでしょ?」
かんかんに怒り、今にも手を出してきそうな朝比奈に冷静に言い放った。
「え?朝比奈がいるじゃん。何言ってんの」
「………っえ」
その虚を突いた一言で、朝比奈は一時的に時間が止まったかのように動かなくなってしまった。もしかして、寝る前のことを忘れてしまったのだろうか。
仲間とか良く分からないことを言っていたため、そこら辺が曖昧になっていたのだろうか。だとしても酷いけどな。
「友達だろ?まあ、仲間でも別にいいけど俺は友達っていう方の響きが好きだな」
「……本当に私と友達になってくれるの?」
「おいおい、朝比奈が友達だって言っただろ?」
「でも、やっぱり嫌とかない?昨日、あんなことしちゃったし………」
彼女もそこを気にしていたみたいだ。確かに、俺もあの後色々と考えたし悩むところもあった。彼女と関わるのが俺に悪影響を与えないか。面倒なことを引き起こさないか。
でも、昨日の本音を垣間見た。
簡単に弱音を吐いてしまう時点で復讐なんて彼女には向いていない。そもそも、それに向いている人間なんて少数だ。家族が大好きだった十五歳の少女に、それを背負わせてしまうのは酷なものだ。
あの瞬間を見てしまえば、俺はやはり放っておけなかった。
「まあ、俺にも責任がある。もう、お前だけの悩みじゃないだろ?」
「………良いの?」
「当たり前だ」
「裏切ったりしない?」
「裏切ってもお前には勝てないよ」
「じゃあ!」
朝比奈がテーブルから身を乗り出し、唇同士がくっついてしまいそうなほど距離を縮めてくる。
「もし、助けて欲しいって言ったら助けてくれる?」
「なんだよそれ、友達ってだけで随分大袈裟だな。もはや恋人みたいだな」
「友達なら、感情を見せ合うんでしょ?」
「まあ、そうだな………分かった。出来るだけ、な?」
「うん!約束だからね」
小指を立てて、俺の目の前まで持ってくる。可愛らしい一面だがそれを俺がやるのはかなり恥ずかしかった。それをまじまじと見ていれば、彼女も恥ずかしかったのか少しずつ後退していきそうになっていく。
馬鹿にされる覚悟を決めて、逃げていくその手首を優しく掴み、彼女の小指を俺のもので抱きしめた。
「その代わり、朝比奈は俺を守ってくれよ。つまらない人生から」
「大丈夫。私がいれば楽しい人生になるわ」
「告白みたいだな」
「ママから習ったの。女はナイフで男の口角をあげさせろって」
「どんな英才教育だそれ」
「それは、心の中にあるナイフや言葉のナイフ、本物のナイフのことでもあるの」
「いやいやいやいや」
美談みたいに聞こえるけど、普通に怖いから。最後のナイフって浮気したらちょん切るって意味でしょ絶対。何でそれ聞かせたの。
俺は下を眺めながら怯えていると、外で車が止まった音が聞こえた。