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最悪な出会い方

学校が終われば部活に入る気のない俺はまっすぐ家に帰る。入学式の次の日から部活の勧誘が校内で行われており、俺も何度か声を掛けてもらったが全てお断りさせてもらった。あまり面白そうだと思った部がなかったし、何かやりたいという気持ちが現実に追い付いてこなかった。


 友達が出来ない理由がここに詰まっていた。


 だが、断って正解だったかもしれない。


 家に帰って何もせずに時間を浪費する。それこそが至福の時間なのだ。


 自己啓発本や成功者はよく言うだろう。「時間は有限」だとか「若い時はたくさん遊んでおけ」とか。そういうカッコいいことや人生論は学生も大人にも響いてくるのだろう。彼らから見れば俺はそれを言われる側なのだろうが、きっと変わらないのだ。


「やっぱり家は最高だ………」


 畳の上で制服を着たまま大の字で寝転んでいた。学校のように気を張る必要の無い場所は俺にとって天国だ。寒くも暑くもないちょうどいい温度の部屋でそんなことをしていれば、うとうとしてきてしまう。


 充電が二パーセントしかないスマホを見れば時刻は午後五時を迎えていた。それをポイっと投げる。二時間程度寝てから夜ご飯を作ろうと考えた俺は、そのままの状態で目を閉じた。


 ドンッ!そんな音がして、勢い良く上半身だけ起き上がる。


 周囲を見渡せば俺の部屋の壁があった。どうやら深い眠りについていたみたいで、俺はテレビを点けて時間を確認した。


「じゅ、十一時?そんなに寝ていたのかよ」


 今日は学校で慣れないことをしたため、自分の身体的にも精神的にも疲れを貯めてしまっていたのかもしれない。


 にしても、腹が減った。俺の腹の虫がぐうと鳴るのも無理はない。今日は昼ご飯を抜いてしまったから、かなりの間食事をとっていない。


 だが、冷蔵庫を開けても食べられそうなものがなかったため、仕方なく財布を持って外に出た。その時、ぴしゃんと水を踏んだような音がした。


「………血?」


 下を見れば地面が真っ赤に染まっていた。何か嫌な予感がしたがそれは的中していたようで、それが流れてきている方へ視線をちょっとずつ向けていくと、自分の表情が曇っていくのがわかった。


「これは、酷い」


 壁にもたれて座る男性がいた。一切動かなかったが心配しなかったのは、もう手遅れだから。


 恐る恐る近付いて手首に触れれば脈はなく、口元に手をかざしても風が来ない。


 改めてそれを確認したことによって俺はあたふたしてしまい、どうすればいいのか分からなくなってしまった。


「ええっと、まずどうすればいい?あ、電話。警察に連絡しないと。でも、番号なんだっけ。しかも大家にも言わなきゃいけないのか。ああやばい、少し落ち着けよ俺」


 いつも通り何も出来ずにいる俺。これは予想外過ぎた。

 こんなことに巻き込まれるとは思っていなかったため、冷静さを取り戻せない。


「とりあえず、近くの人を呼ぼう」


 道路に出ようとしたその時だった。


「ストップ。絶対に動かないで」


 不意に聞き覚えがある声が耳に入ってきて、張り詰めた気持ちの俺は少し安堵してしまった。けれど、状況は依然変わらず。寧ろ悪化する。


 首元に何か冷たい金属みたいなものが当たっており、逃げるに逃げられない。


「……誰?」


「忘れたの?悲しくなること言わないでよ。この泥棒」


「泥棒?やめてくれよ、何も盗んでいない」


「随分冷静なのね。お昼の時がまるで嘘みたい」


 お昼と言えば、俺は教室を離れて屋上の前の階段で朝比奈宙と駄弁った。空に浮かぶ月のような髪の毛が特徴的な少女だ。



 なぜ今、後ろにいるのか分からないが。



「……冷静に見えるのは、むやみに焦れば何をされるのか分からないからだ」


「確かにそうね。少しでも暴れて抵抗したり、大きな声で目立つようなことをすればすぐにあの男と同じ目に遭わせてあげるつもりだったから、正解を選べて良かったじゃない」


「怖い二択クイズするなよ」


 咄嗟に変なツッコミを入れてしまったが、相手の気に障っていないかが心配だ。


 朝比奈がどうしてここにいるかは不明だが、間違いなくあの男は彼女がやったのだろう。遺体が着ていた服に何か所も穴が開いていた。首に当たっているソレから、臭いがしてくる。


「ねえ、ちょっとお願いがあるの」


「………何だ」


「家に入れてくれない?まだ敵が来ている可能性があるから」


「敵?誰だそれ」


「話すわけないでしょ?それに拒否権があると思っていたら大違いよ」


「………分かった。だから離れてくれ」


 すっとその身体の気配が消えたように、俺から離れていった。


「ありがとう。朝比奈」


「早く家に入れて貰ってもいい?」


「わかった」


 後ろを振り返れば、いつもの朝比奈みたいな笑顔をした彼女はいなくて、どこか冷たい切れ目でこちらを窺っている暗殺者がいた。


 声のトーンが一回り低い。落ち着いている。やはり何度も経験があるみたいだ。


「お邪魔します」


 鍵を開けて招き入れると後ろから可愛らしい声が聞こえてきたが、どうにも今は彼女の顔を見るのは勇気が必要だった。


「なぜここにいる?」


「それはたまたま。敵が私を追いかけてきたせいでここまで逃げてきた。本当は殺すつもりなかったけど、あの男はかなりの手練れだったみたいだから本気を出した」


「だから敵って何だよ」


「それは言わない。あの男の仲間ってことだけ分かればいいでしょ?」


「いや、理解が追い付かない。どうしてそんなことをした?」


「それもあなたに関係ない。あなたは何も聞かずに私をここに隠しておけばいいの。運が悪い星光さん」


「そう言われてもな」


 一体俺は誰から朝比奈を隠しておけばいいのか、強そうな彼女が隠れるほどの強敵から守らなければいけないのか。何も把握できない俺は不安に駆られて立ち尽くすしかない。何もない家で彼女を隠せと言われたところで、どうしようもなかった。


 すると、チャイムが鳴りドアを叩く音がした。急いで朝比奈を風呂場に連れて行き、シャワーを出してそのまま閉じ込める。雑な扱いに不服そうな顔をしていたが、気にしていられる余裕はなく、俺はすぐさま戦闘に備えた。


 台所から包丁を取り、それをブレザーのポケットにしまう。あくまでこれは護身用だ。相手から攻撃がない場合には取り出す気はないし、俺も敵意は絶対に見せないと心に誓う。


 ドアの覗き穴から外を見れば、身長が高い男が立っていた。二メートル近くありそうで、尚且つ服の上からでもはっきりしている鎧のような筋肉。恐らく相当な強者であり、このぼろいドアなら簡単に破壊されてしまいそうだ。


 俺はゆっくりとドアを開けて、見下ろしてくる大男に小さな声で話しかけた。


「ど、どうも」


「お前………女………見たか」


「…え?」


 覗き穴から顔は見えなかったため真っ先に顔を確認したのだが、なぜか男は目出し帽を被っていた。いくら顔を隠したところでその体格ならばほとんど意味を成さないそれのせいで、俺は吹き出しそうになった。


 おかげで恐怖は少し薄れていくどころか、一切感じなくなった。


「見てないけど………」


「女………いる………そこ」


 大きな男が指さす方向には風呂場がある。こいつ、もしかして鼻が良いのか?


 俺の部屋に漂っているのは甘~い匂い。そのにおいが風呂場から流れてきているみたいだ。


 落ちつけ俺。ここで焦れば確実にやられてしまうし、あいつも多分同じ道を辿る。こいつを家にあげてしまえばもう止めることは絶対に不可能だ。


「ああ、俺の彼女だ」


「彼女。匂い、似ている」


「似ている?誰とだ?」


「金髪の女。そこ……いる」


 まずいな。獣のような嗅覚と、自分の直感を確固たるものとして信用している。さすがにここに留めておくのは限界か?


 仕方ない。俺は出たとこ勝負でいくことにした。


「もしかしてさ………君って彼女いたことないでしょ?」


「………っ‼」


 両肩がびくっと上がったのを確認し、俺は男に詰める。


「その視線の運び方がぎこちなかったね。しかも、俺とすらロクにコミュニケーションを取れないんだから、彼女どころか女友達もいないのだろう?」


「………やめてくれ」


「あ、そうだ。どうせならあがって見ていけば?うち彼女の裸」


 親指で後ろのお風呂場を指し、もうすぐ出ると思うから少し待てば見られるよ。と付け足した。


 なぜ俺が存在しない彼女の裸を知らない大男に見せなければいけないのだろうか。だがこの作戦は中々効果を発揮している。やはり彼は女性慣れしていない人みたいだ。


 まあ俺は友達すら作れないのだけど……。


「どうする?」


「……帰る。もう来ない」


「あ、そう。ついでに外の彼を連れて帰って貰える?多分君たちでしょ」


 男はその言葉を無視して出ていった。だが、気を抜くことが出来ずに少しの間、扉の前でいつ突撃されてもいいように構えていたが杞憂だったみたいだ。


 俺は運がいい。まじで危なかったけど助かった……。


 ひと息ついて脱力をすれば、俺は風呂場に行ってドア越しに話しかけた。

「終わったぞ。もう出てきても平気だ」


「………ばか」


「え?」


「バカじゃないのあなた!」


 風呂場で叫ぶせいでやけにうるさい。


「何が『彼女がシャワー浴びていてもうすぐ出るから見てみる?』よ!普通に考えて見せるわけないでしょ⁈」


「いや、仕方ないだろ。あの大男を家にあげたら俺もお前も間違いなくゲームオーバーだ。だからああやって弱点を責めてみた」


「だからって、そんな最低なやり方あり得ないでしょ!しかも私たち付き合ってないし!」


「結果を見れば俺が正しい。それに、嘘なんていくらでもついて良いだろ、お前みたいに」


「うっ……それは、そうかも」


 にしても、ずっとシャワーの音が聞こえてくるな。もう帰ったし、水道代が勿体ないため早く止めて欲しい。


 俺はドアを開けて、彼女に出るように言おうとした。


「なあ、早く出てくれ……シャワーをあびっ⁈」


「なっ……なあぁぁぁぁぁあ⁈」


 俺と目が合った瞬間、朝比奈は持っていたシャワーを落とし、足をくねらせ自分を抱きしめた。そして羞恥で顔を赤らめて、涙を浮かべてしまった。俺はどこに視線を送ればいいか分からず、そのままフリーズする。


 なぜか彼女は本当に裸だったのだ。


 そう言えば、朝比奈を閉じ込めた時にシャワーの水が彼女に多少掛かってしまっていた。そのせいで寒くなってしまったと考えると……俺が一番悪いな。


 しかし、災難はこれだけで終わらなかった。


 強い水圧のせいでシャワーヘッドは蛇のようにうねり俺の顔面目掛けてぶつかってくる。しかもピンポイントで鼻に直撃してしまい、鼻血がぽとぽと垂れてきた。それがワイシャツにかかってしまいもう最悪だ。


「なに興奮してんのよこのおたんこなす!」


「わ、悪い……」


 へにゃりとしゃがんだ彼女をそのままに、俺はドアを閉めた。どうやら裸に欲情して鼻血を出したと思っているみたいだな。


「いった………ああ、ツイてないな」


 そう漏らし、俺はワイシャツを脱ぐ。幸いにも、ブレザーやネクタイに血は付着していなかった。これなら、水洗いで簡単に落ちるだろう。



「あ~あ。また血がついちゃった」



 折角綺麗に使おうとしていたのに。


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