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せせらぐ

 数年前、俺は自分の過去を夜のどこかに隠した。


 俺を嗤笑しているような三日月が浮いている夜だ。


 もう二度とまくってやるかよ、と捨て台詞を吐きながら、誰にも見つからないようにそっと大きなベールで伏せた。


 そして太陽を見たとき、荷物が減ったみたいでどこにも行けそうな気がして嬉しかった。


 得た自由はどこか拘束的で、今までやってきたことと比べればあまりにも窮屈なものだった。けれど全部捨てるつもりでいた俺にとって、やっと普通になれたことの豊かさの方が尊く感じられた。


「内緒です。俺の秘密なので」


 誰であってもその秘密を明かすつもりはない。


 これは俺が決別した想い。無思慮に立ち入ることは断じて許さない。


『それなら、仕方ないね』


 彼女も理解していたみたいだ。簡単にそのラインを踏むことは危険だと。


『そのベールをまくる気はある?』


「率直に言えばないですよ。この前は仕方なかったですけどね」


『それテレビで見たよ!「京璃高校の生徒が不審者を撃退‼」って』


「恥ずかしい……」


 あれは黒歴史だ。星光史上、最も記憶から削除したい過去ランキング堂々第一位。


 それは隠しておけないなんて、調子のいいやつだな。


『一応聞いておいてあげるね。どうして、京璃高校に入学したの?』


「聞かなくてもいいですよ別に。でも、一応答えておきますね」


 アンサーは知っているはずだ。


 組織と裏の世界から離れた理由は、そこにいる目的を失ったから。暗殺者として、自分自身の価値を見出せても心がそれに追いつくことが難しくてここにいられなくなった。


 そして、学力が伴っていない難関私立高校に入学した理由。経歴なんて人に言えないような俺が先生に頼んで強引に入れてもらったのだ。



「朝比奈宙に会いに行くためですよ」


 彼女にそれを言ってしまえば、どんな反応をするのだろう。


 きっと勘違いして、つんつんした態度で俺のことを罵倒してくるのだろうか。


『それは愛なのかな?』


「愛なんて大層なもの、俺は渡し方を知らないですよ」


『あれ、そうなの?私は知っているよ。とっても簡単な方法を』


「どうやるんですか?」


『ふふん。それはね………ぎゅーってしてあげることだよ』


「………抱きしめるって、ことか」


 それなら誰だって出来そうだ。まあ、友達同士ですることではないが。


「でも、簡単すぎじゃないですかね。実際に抱きしめるというスキンシップで伝わるものなんですか?」


『好きな人なら何をされても嬉しいものだよ。する側はどう思っていたとしてもね』

「ああ、そういうことですか」


 この前、俺は朝比奈のことを抱きしめてしまった。


 泣いて逃げ出してしまいそうだった彼女のことを放っておけずに、ただ何の考えも無しに行動をした結果があれだ。


 あの時は何食わぬ顔でふるまいその場を凌いでいたが、俺の方がよっぽど恥ずかしい思いをした気がする。


『きっと君は見返りを求める方法が分からないんだよ。早くにご両親を亡くしてしまって独りで生きていくことになってしまったから、無償の愛だけしか理解していない。でも君は朝比奈宙に見返りの必要のある愛をあげてしまった』


「つまり?」


『君は彼女のことが恋愛的に好きではない。でもその子は恋愛的に君のことが好き。つまり光くんのやらなくてはいけないことが破綻するってこと』


 俺はスマホを強く握ってしまう。そのせいでさらに血が垂れてきてしまい、電話をしながら止血を始めることにした。


 だが幸いにも、何度も怪我をしたことはあるので自分で処置するのは慣れている。強く押さえ続けて、血が止まるのを待った。


『大丈夫、痛くない?』


「怪我していたのにボーっとしていた俺はバカでした」


『死のうとしていたの?』


「……死ぬつもりはないですよ。ただ、自分の愚かさに呆れていただけです」


 取り返しのつかないことをして、気を落としていたのは事実だ。


 昔はこんなことは決してなかった。俺はたまたまあった才能を使っていれば、悩みとかつらさとかを感じなくて良かった。だからこそ、あっちの世界で病むことはなかった。


 でも今は、無力であり最終的な目的も曖昧で潜った世界にいる。後ろ盾もなく、応援してくれていた人もあまり信用できないような立ち位置。既に俺は誰かの作戦にはまっているのかもしれない。


 だけど……それも面白い。


 一筋縄ではいけないなら、いくらでも戦ってやろう。この国は俺のことを殺そうと動いているのなら、どんな戦況でも喜んで楽しんでやろう。今更深く考えても無駄だ。


 ベールに隠した過去に呑まれるつもりはない。


 そっちが何でもしてくるのなら俺も何でもしてやる。


 さっきの自分を鼻で軽く笑えば、それに気付いた先生は俺の昂ってきた気分の背中を押す。



『光くん、もう平気っぽいね』



「先生。もしかしたら、今まであなたに利用されていただけかもしれません。その答えは先生しか分からないし俺は永遠に辿り着けません。だから、裏社会を辞めた俺のことが鬱陶しいと思っていても仕方ないでしょう。今も、何かの歯車が噛み合っていて俺は手のひらの上で踊っているのかもしれない。でも、何でもいいです」


『殺されても……いいの?』


「ええ。歓迎してあげますよ。あのデカい男、刺客でしょ?」


『そうだよ。あの大きな子が、久留間を殺したの』


「ということは、あいつを殺せば今の状況は打破出来るわけですね」


『うん正解!国は情報漏えい対策のためにあまり簡単に暗殺者を雇えない。だからしばらくは誰も光くんの相手は出来ないよ』


「先生は、倫たちに依頼を出さないんですか?」


『光くんの暗殺依頼?そんなもの出したらきっと陽乃ちゃんに殺されるのは私だもん』


「怖いですねあの子は」


『それで……今日の晩、あの大きな子を朝比奈の実家の近くに送り込んでおくよ。あの場所にね』


「やらせてくれるんですか?」


『私は君とあの子を平等に見ているの。裏社会の人間としてね』


 俺たちの会話は打って変わって、まるで夏うたのように速いテンポで進んでいく。相手が何を話すか、どんな返答がくるのかをカンニングしているみたいだ。


 俺の命、あの大男の命が天秤にかけられる。


 今晩生き残った人間が、価値のある人間として扱われる。そして負けた人間は、先生にとって価値のない存在として葬られる。その後は思い出されることなく、いたことも忘れられていく。


 そして俺は、またその手を紅色に染める必要がある。生温かくて、いくら洗っても罪悪感がちっとも消えてくれないあの感覚をもう一度身を持って味わう。


「俺はそのベールに手をかけなければいけないわけですか……」


『あ~!また躊躇ってるぅ〰〰』


「躊躇っていませんよ。でもね」


『ん?』


「もしその時は、あなたにも責任は取って貰いますよ。たとえ俺がいなくなっても」


 自分がそのベールを捲りあげるつもりが無いから、本人にそれを取ろうとさせる。さすが勝ち続ける人間なだけある。自分の発言に責任を持つつもりは毛頭ないらしい。


 でも、俺がそれを許すつもりはない。


「俺も全て懸けますが、先生にも懸けてもらいますよ。大切なものを全て」


『へぇ。恩人にも殺しを吹っ掛けるスタイルなんだ~』


 愉快そうな口調だ。それに、面白いのは彼女が俺に敵意を持っているわけではなく、彼女の後ろにいる何かが俺のことを狙っているみたいな感覚だった。


 なんというか、先生を守るナイトに敵視されているような……。


「ええ。もちろん、今まで育ててくれたことは感謝していますし、先生のことは誰よりも尊敬しつづける気でいます」


『いいね。やっぱり君は強くて賢い』


「俺のことが嫌いになりましたか?」


『そんなことないよ。むしろ、楽しませてもらったから。夜も楽しみにしておくね』


 プツっと電話が切られ、部屋の中に再び安寧が訪れる。


 俺は緊張感から脱力し、リラックスしながら拳の傷の消毒をして包帯を巻く。


「あの人の正体は……知りたくなくなったな」


 きっと深追いすれば、引きずられてこの場所に戻って来れそうにない。話しているだけで精神的に疲れてしまう。


 指導者とはずばり彼女のことを指すのだろうな。驚異的なカリスマ性と知能を持ち、人の気持ちなんて手に取るように分かる。倫も陽乃も、その大男も先生の色香にあてられた人間は、面白いほど簡単に操られてしまう。


 俺の疑いは確信に変わった。


 しかし、彼女は操るだけ操ってほとんどはそのまま放置状態のようだ。それに、彼女自体が俺たちに仕事を斡旋していたわけではなかったので、本当は優しい人だったりするのか?


 思考が渦巻いて完結しようとしても最初に戻る。これ以上考えても仕方ないか。


「……ってか遅刻してるじゃん」


 急いで家を出た俺はスニーカーの踵を踏んで駆けだした。


 早く学校に行って勉強をしないと。けど、そんなこと言っている場合じゃないか。



 でも、それも今日で最後だ。


 殺し屋としての最後の仕事。


 そして俺は最初に己の心を殺す。途中で目覚めないように念入りに。痛みはないが、優しい熱が失せていき、冷めた感情は誰かを不幸にしていく。


 新しく生まれ変わった心でさえ、俺は簡単に手をかけてしまった。


 俺に許された唯一の処世術は俺を殺す。


 使い捨てなら便利だったけど、どこにも売っていない。


 だけど、心は再生する。


 命とは違い、誰かの温かさに触れることが出来ればろうそくのように何度でも熱を帯びる。


 それに、その火は迷った時の灯りになってくれる。


 ぽかぽかとした人懐っこさで、溶かしてくれるものだってあるはずだ。


 今は難しくても、生きている限りはきっと大丈夫。


 それは俺だけではなく、彼女も。


 路頭に迷っている彼女に道を示さなくてはならない。


 あの女との約束だ。



 遺言っていうのは、あまり良いことばかりじゃないのだな。


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