感想会
結論から言えば、映画は意外と面白かった。
クラスで目立たない高校生の男子が同じクラスの学校で一番人気者の少女と恋に落ちるという、よくありそうな設定。主人公はたまたま用があって病院に行くと、その少女とたまたま鉢合わせする。その少女は非常に珍しい奇病を患っており、数年もしないうちに亡くなってしまうそうで、亡くなるまでの間に一生分の思い出を作りたいと意気込んだヒロインは、運命的な出会い方をした主人公と一緒に様々なことをしていくという物語だ。
初めは興味を持てていなかったものの、何でもありなストーリーや無駄に格好つけるサブキャラなどがかなり新鮮味があって、恋愛映画を見てこなかった俺でも最後まで集中して観ることができた。
最終的にヒロインは病死してしまったのだが、名医のおかげで生き延びてこれからも幸せに過ごしていきます。的な流れだったら逆にもどかしかったし、主人公もあまり成長出来なかったと思うのでこの終わり方はとても綺麗だったのではないだろうか。
そして俺たちはその後カフェに入り、映画の感想会を開催していた。
有名なチェーン店であるが俺は当然初めて入店だ。メニュー表を見ても聞いたことの無いような単語の羅列は、見ているだけで思案に暮れそうだったので朝比奈におまかせした。
そうして出てきたのはココアの上にチョコレートのクリームが乗っかっているホットドリンク。一口飲めば、ココアのコク深い甘さとクリームの柔らかい甘さが交わる。二つはまるで共存するみたいに、絶妙なバランスで調和がとれていた。
「……美味しい」
「でしょ?甘いのが大好きな光なら絶対に気に入ると思った」
「朝比奈も同じやつか」
「ふふん。同じ場所で同じものを味わう。違うものを頼んで分け合うって言うのも悪くはないけど、それは青春というより……」
顔を背けて恥ずかしそうにし、最後は言うのを躊躇っていた。
それはもはや恋人、とでも言いたいのだろう。俺がそういう知識がないのをいいことに、変なことを植え付けようとしているのが透けて見える。
「そういえば、映画結構面白かったな。恋愛映画なんて観たことなかったが悪くないな」
「そう?主人公の男友達のセリフが臭すぎて途中から見るのがしんどかったわよ」
あの映画はあまりお気に召さなかったみたいだ。女子からしたら、あのキャラはフィクションであっても見るに堪えないのか。それともアクション映画の方が好きなのかもな。
「まあ、あいつがいたおかげで主人公の小さな勇気が目立ってヒロインが好きになったんでしょ」
「あんなナヨナヨした男を好きになるって、あ~あ恋って本当に最悪なのね」
「朝比奈って彼氏いたことないのか?」
「………ないわよ」
「ないのか」
彼女レベルの顔でも恋人がいないとなれば俺は彼女を作ることが不可能ではないのだろうか。そりゃ性格で選ぶこともあるだろうしそっちの方が多いとはずだが、不幸にも俺は全然性格が良くない。極悪である。
「なら光は……って聞くまでもないわよね」
「酷いな」
「光っていつも淡泊で全然笑わないから女の子にとって近寄り難いの。普通だったら仲良くならない部類に入るよ」
「なんで今日は致死性の高い毒を吐くんだよ」
友達いないとか仲良くならない部類とか、あまりにも残酷なことを口にする。強く否定できないのがただ悔しい。
「でも、あんな恋愛一度で良いからしてみたいかも」
頬杖をついて落胆し、尖り声で不満を口にする。
「そもそも、朝比奈はどうして学校に入学したんだ?あれをやるためなら、自由に動けた方が良かったんじゃないか?」
彼女にとって高校生を演じることにメリットはない。ハッキリ言って時間の無駄である。
それに普段から身分を隠して行動するのはかなりのストレスが生じるはず。
「私は全てやるの。全部手に入れるつもり」
真っ直ぐ俺を見つめ、その水色の瞳に飲まれそうになる。
「全部……」
「そ。報復だってするし、学校も毎日行く。行事も思いっきり楽しんで、同じ世代の人たちとかけがえのない時間を共にする。そして、自分色に染めたり……ね」
そう言って、反対の手を伸ばし俺の胸を指でつんと触ってくる。その行動に眉を上げてしまうと、三日月のように目を細めて笑顔を見せる。
もう隠すつもりはないのか、意外にも大胆なことをする。生憎とどう反応するか分からないので、いつも通りの対応しか出来ない俺は何もなかったように接する。
「へえ、それって何色なんだ?」
「それは~色々あるでしょ」
「知らないな……参考程度に教えてくれ」
「もういいでしょ!内緒。あと、そのくらい自分で考えなさいよ。三年間って、長いように感じて、案外すぐ終わっちゃうんだから。ボーっとしてたら乗り遅れるわよ?」
「えっ、そうなの?」
「はぁ………何も分かってないのね」
ガクッと首を垂らし無知な俺にがっかりしていた。
「ただ何も考えずに学校通ってたらすぐ受験シーズンが始まって、毎日が勉強で埋め尽くされる。そんなの考えるだけで鳥肌が立つわよ」
「そりゃ盛り過ぎだろ………」
だが、多少脚色しているのかもしれないがこういう風に講釈を垂らしてくるのは、中学時代に何も出来ずにいた自分と俺を重ねて話しているからかもしれない。
日常的に「青春」なんて言葉を口に出しているくらいだ。コンプレックスを抱いていることくらい想像に容易い。
そう考えていると、寒くないはずなのに鳥肌が立ってきた。
何も考えず学校に通って授業を受けて、休み時間は友達と喋るわけでもなくただ何もせずにボーっとして、特に何も熱中するものは無く帰宅したとしてもやることは学生のうちじゃなくても出来ること。行事も友達や仲の良い人たちがいなければ苦痛を強いられるだけ。
早く卒業したいと思えば、やってくるのは受験期間。友達が出来たとしてもみんな勉強三昧となり、日本人として空気を読むことしか出来ない俺は結局一人でいることになる。
なるほど、朝比奈がいなければ俺は軽い絶望を何度も味わう羽目になっていたわけか。
「それはあり得るな」
「いや急にどうしたのよ、この短時間で何を思い浮かべたの」
いきなり顔色を変えて頷く俺に若干引き気味である。
「勉強なんてワードは聞きたくないな」
「京璃高はみんな勉強三昧になるのよ、一流大学に入って一流企業で就職するためにね。……因みに、光は卒業したらどこの大学に行くつもりなの?」
「いや、大学に興味ないから働くと思う」
「え、大学に行かないの?」
「行ったほうが良いのか?」
「当たり前じゃない。大学に行くのと行かないのじゃ、生涯年収まで変わってくるんだよ?」
「大学に行ってまで勉強なんてしたくないな」
「えー」
「えーって何だよ」
上昇志向がなく常に最下層にいたせいで、より良い結果を求めたことはほとんどない。高校を卒業できればいいと思っている。
多分それは変わることはない俺の本質であるため、もうどうしようもないのだ。誰かのためという理由があったとしても俺は変われる気がしない。
それに大学に行かなくても裏社会には色々仕事がある。もちろん悪いこともあるが、それ以外の仕事も沢山ある。俺のように過去に悪事に手を染めてしまって表じゃ働けない人間のための場所に行けば、幾らか仕事をさせてもらえるはずだ。
だが、彼女が文句を入れたいところはそこではなく────。
「この私がせっかくあなたのためだけに勉強教えてあげるって言ってるのに大学すら行かないって言うのはどういうことなんですかね!」
むっとして、可愛くこちらを睨む。
そこだったか。
それなりに大変な状況に置かれているのにもかかわらず教えてくれると言っている朝比奈からしたら、大学くらい行って欲しいものなのか。でもまあ、そうでなくては自分が教える必要は無いわけだ。
「うーん。でも金が無いしな」
「なら国立大学しかないわね」
「いやでも難しそうだし」
「やるでしょ?」
「けどな……」
「そんなに留年したいの?」
「分かりました行きます大学行きたいですいい企業で働きたいですお願いいたします」
「よろしい」
こめかみの少し上辺りに青筋が現れ、俺は泣く泣くそう言わざるを得なかった。
でも、せっかくあっちの世界から離れて違う生活をしているのに、また飛び込むことはかなり勇気が必要だ。
だったらこっちで良い仕事を探すのが一番俺の心に良いのかもしれない。
「まあ平気よ。この学校に入れるくらいのポテンシャルがあれば簡単な大学くらい受かるから」
「そうか、なら安心だな」
「ちなみに………お金は大丈夫?」
「高校の学費くらいしか用意していない。だから大学ではバイト三昧だな」
「本当に行ってくれるの⁈」
おもちゃを買って貰った子供みたいな笑顔は、俺に何も言わせてくれなかった。
「じゃあ帰ったら勉強だね!」
「今日からかよ」
「早いほうが有利だから」
「まあ一理あるかもな」
ココアを啜れば、無邪気が砂糖になったようにやたらと甘かった。