表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/43

偽物の色、本物の願い

焚き火の灯りが、静かに揺れていた。

 たぬみちは湯呑を見つめたまま、ぽつりと口を開いた。


「……ほんまはな。最初はワイらも、色が消えてしもた理由なんて、知る由もなかったんや」


 その声は、さっきまでの飄々とした調子とは違っていた。

 柔らかくて、どこか奥に沈んだ響きがある。


「ある日突然、世界から色が抜けた。

 花も、空も、子どもらの笑顔さえも……まるで墨で塗りつぶしたみたいやった。

 みんな怖がったで。自分の色がなくなったら、自分が誰かも分からんなる、ってな」


 焚き火の光が、たぬみちの目の奥を照らす。

 その視線は、過去のどこかを見ていた。


「それでも、ワイは信じたんや。“色”っちゅうもんは、目に見えるもんだけやないってな。

 せやから……変化の術を使ってでも、残したかった。せめて子どもらには“世界にはまだ色がある”って思わせたかったんや」


 悠真は黙って、それを聞いていた。


「……でも、誰にもそれを伝えたことはない。

 色が偽物やって分かったら、それすら壊れてまう気がしてな。

 ――せやから、ワイは今日まで、ここにとどまってる。たとえ偽物でも、守りたい“ほんまの色”があるさかい」


 たぬみちは、焚き火の光に目を細めた。


 悠真はその言葉を胸の奥で受け止めていた。

 彼のいた世界でも、“本物”と“偽物”は、いつも曖昧だった。


 占い師として働いていた時、当たるも八卦。当たらなくても「救われた」と言われることがあった。

 自分の言葉が、誰かを支えているのかどうか、分からないまま。


「……クロ、りと」


 そっと二人の名を呼ぶと、クロが隣に、りとは背後に立つ。


「何?」


「この世界に、本当の色を取り戻せたら……たぬみちさんも、笑えるのかな」


「たぬきに笑顔が似合うかはさておき、あの人、ずっとここに縛られてるように見えるね」


 クロの声は淡々としていたが、どこか優しかった。


 悠真は少し息を吸い、静かに決意を口にした。


「俺、やっぱり……行きたい。もっとこの世界を知りたい。

 どうして色が消えたのか、どうすれば戻せるのか。――自分の目で、確かめたい」


 それは、占いの結果でも、他人の意見でもない。

 初めて、自分の中から湧き上がった“想い”だった。


 ――そして翌朝。


 準備を整えた三人の前に、たぬみちが現れた。

 肩に木の葉を一枚乗せて、どこか寂しそうに笑っていた。


「どないや? 森の外にも、まだ行く気はあるんか?」


「はい。俺、自分の目で確かめたいんです。この世界の“色”のこと」


「……せやかて、お前さんは、まだなんも分かってへんのになぁ。

 ま、けど――それが若さってやつやな」


 たぬみちはふっと笑い、懐から小さな木札を取り出す。

 そこには不思議な紋様が刻まれていた。


「これ、持っていき。森を越える道で、きっと必要になるさかい。

 ワイからの“応援”や。偽物の色でも、願いが詰まっとるんやで」


 悠真はそれを両手で受け取った。


 たぬきたちが見送る中、三人は再び森へと歩き出す。


 その時――誰も気づかなかった。

 悠真のマントの裾に、小さな何かがしがみついていることを。


 もふっとした手足。震える丸い背中。

 どれだけ息を潜めても、しっぽの先がときどき“ぽこっ”と出ていた。


 けれど、クロもりとも、それに気づく様子はなかった。


 ただ一人、たぬみちだけが静かに目を細めていた。


「……まったく、あかんたれが。

 けどまあ、あいつなりに“色”を見に行くんやろな」


 そうつぶやいて微笑んだその横顔には、少しの寂しさと、確かな願いが宿っていた。


 足元で、木の葉がふわりと色づいて舞った。

 ――ほんの、かすかな“色”が、そこにあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ