森の中の“色”と気配
りとの後ろ姿は、どこか儚い。
まるで風に溶けてしまいそうな白さで、それでも確かに、森を歩く足音はある。
「ついておいで。森は広いけど、道はまだ、消えてないから」
悠真はうなずいて、静かにその後を追った。
肩に乗ったクロが、ひょいと耳元で話しかけてくる。
「りとの言う“道”ってさ、普通の道じゃないんだよね〜。あいつ、すぐ消えるから。気をつけてよ」
「え、怖……」
「大丈夫大丈夫。落ちても助けるから」
そんな冗談とも本気ともつかない会話を交わしながら、森の奥へと踏み込んでいく。
木々の葉は色を失って灰色なのに、なぜかざわりと風が吹くたびに、音だけはやけに瑞々しい。
「“色”って、ただ見えるだけじゃなくて――」
りとがふと立ち止まり、森を見上げた。
「香りや、手ざわりや、声にも宿るものなんだ。だから、君の中の“記憶”が必要になる」
「……俺の記憶?」
「うん。君が知ってる“色”を、この世界に思い出させてあげて」
言葉は静かで、どこか悲しげで、それでもやさしい。
悠真は、胸の奥がすうっと何かに包まれるのを感じた。
と、ふと。
カサリ。
小さな葉音。
視線を横に向けると、木の陰に――まるっこい影が見えた。
「……ん?」
まるまった毛玉のようなそれは、こちらに気づいて、ピタリと動きを止めた。
しかし一拍遅れて、
「ひっ!」
ぽよん!と音がしそうな勢いで、影が跳ねて木の裏へ隠れた。
「あれ……今の……動物?」
「あー……たぬみちのとこの子やな、たぶん」
クロが面倒くさそうに、でも笑いをこらえたような顔で言った。
「隠れてるつもりなんだけど、まるまる見えてるんだよね。あの子たち」
「たぬみち……?」
「またそのうち会うと思うよ。まあ、ちょっと変わったやつだけどね〜」
そしてまた、別の茂みがガサガサと揺れた。
ふわっと、まんまるい耳だけがのぞいて、またスッと消える。
りとは何も言わず、ただ少しだけ微笑んでいた。
森は静かに、けれど確実に、色の気配を取り戻しはじめているようだった。