寄り道の小話
森の住人たちは、時折 悠真の“元いた世界”の話を聞くのが楽しみだった。
特にぽんたは、しっぽをふくらませながら興味津々。
りとやクロは“水盆”という道具で、悠真の世界をこっそり覗いていたらしい。
「まるでテレビみたいだね」
そう言うと、みんなして首をかしげる。
「悠真って、時々知らないこと言うよねぇ」
クロが細い目をさらに細めて呟いた。
ぽんたは目を輝かせたまま、そっと声を落とす。
「あの…あの…悠真? その“テレビ”とか、“デンシャ”とか、なんや?」
恥ずかしそうに耳をたたみながらも、聞きたい気持ちは抑えられないようだ。
知らないことに触れるのは、怖さとワクワクが入り混じる。
それでも一歩、踏み出してくれる。
そんなやりとりに、悠真は少しだけ嬉しくなった。
「テレビっていうのはね、りと達が使ってる“水盆”と似てるんだ。映像が映るの。水たまりに顔が映るみたいにね」
悠真がゆっくりと説明を始めると、ぽんたの目がまんまるになった。
「へぇー……見てみたいなぁ」
ぽんたは呟いたあと、もう頭の中は“テレビ”でいっぱいになっていた。
「“デンシャ”ってのは?」
珍しくクロが興味を見せる。
「細長くて、ちょっと音の大きい“蛇”みたいなものでね。人を運ぶんだよ」
悠真の答えに、クロは少し考えるように目を細めた。
「それって……悠真がよく乗っていたやつかい?」
そこまで見られていたのかと驚きつつも、悠真は静かに頷く。
「蛇ぁ!? 食べられなくてよかったぁ……」
ぽんたがマントにしがみつきながら安堵の息を漏らす。
その姿に、りともクロもつい吹き出して、悠真も思わず笑ってしまった。
笑い声が森に響く。
こんな時間も、きっと色のひとつだ。
りとがそっと、悠真の背を撫でた。
どうしたのかと思って振り返ると、りとの目がほんの少し輝いている。
「悠真……お主が食べていた、あの丸いものはなんだ?」
「丸いもの……?」
パンのことだろうか? それとも他のお菓子?
悠真は首を傾げながら考え込む。
その間にも、ぽんたとクロが会話を交わしていた。
「丸いもんってなんや?」ぽんたがぽそっと問いかける。
「りとー、また言ってるのー? どうせ手に入らないのに」クロが呆れたように言う。
「そう言うな、クロよ……どうしても、食べてみたいのだ」
りとは少し照れくさそうに、けれど真剣な目で呟いた。
そんな声を背中に受けながら、悠真はひたすら考えていた。
あの丸いもの……りとが言っているのは、どれだろう?
「茶色で、ふわふわとしていて……中に黒いものが入っていてな?」
りとがぽんたに熱心に語っている。
クロはというと、またかとばかりに耳を折りたたんで呆れていた。
「ねぇ、りと? それ何回目……諦めなよ〜」
そのやりとりを聞きながら、悠真はふと赤面した。
自分が“無類のどら焼き好き”であることを、まさか水盆で見られていたとは……。
恥ずかしさをごまかすように、地面にしゃがみ込み、指先で枝を使って地面に絵を描く。
「これだよ、りとが言ってたのは。どら焼き」
その絵を見た瞬間、みんなの顔に「あっ」と思い出したような光が灯る。
「おおっ……!」
りとのしっぽが嬉しそうに揺れ、その度に銀の光が星空のように周囲を照らした。
ぽんたがそっと絵に手を伸ばし、撫でるように触れたその瞬間――
なんと、その手の中に“どら焼き”が乗っていたのだ。
一同が驚きの声を上げる中、ぽんただけは幸せそうに鼻をひくひくさせて言った。
「……ええ匂いやぁ〜……!」
ぽんた以外の全員がぽかんと口を開けて固まっている。
でも、ぽんたはそんなことにはまったく気づいていない。
初めて見るどら焼きに、もう夢中なのだ。
「あーむっ」
小さな口をめいっぱい開けて、ふわふわのどら焼きにかぶりつく。
「ふわぁ〜……うんま〜……なんやこれっ!」
ぽんたの目がとろ〜んととろける。
頬をふくらませて幸せそうにモグモグしている姿に、ようやくみんなの固まりがほどけていく。
「……すごいな、ほんとに出てきた」
クロがぽつりと呟くと、りとはふうっと息を吐いてそっと微笑んだ。
悠真は、不思議な力にほんのりとした温かさを感じながら、そっとぽんたの頭を撫でた。
どら焼きをぺろりと平らげたぽんたが、キラキラの目で言った。
「なぁなぁ悠真っ、もういっこ描いてくれへん?」
その声に、クロもりともも小さく反応する。
興味がないふりをしていたクロのしっぽが、ほんの少しだけ弾んでいる。
りとは静かに見つめているが、口元がほんの少しゆるんでいた。
「……仕方ないなぁ。じゃあ、みんなでおやつパーティでもしようか」
そう言って悠真は、枝を片手に地面へしゃがみこむ。
思いつく限りの甘いもの――ケーキにプリン、マカロンにドーナツ、どこかで見たような謎のお菓子まで。
その後ろを、ぽんたがちょこちょこと追いかけながら絵を撫でては、おやつを実体化させていく。
「すごいすごい!なんやこれー!?これも食べてええの!?」
ぽんたのはしゃぎ声が森に響き、クロは興味津々でスプーンを握る。
りとも一口食べるたびに、ほっとしたように目を細めた。
まるで、アリスの不思議なお茶会のようだった。
だけどそこにあるのは、確かに“この世界”にしかない優しい空気。




