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赤い花に宿るもの

赤く咲いた花に、そっと手を添える。


 これは――誰の思い出なのだろう。

 悠真の記憶だろうか。それとも、どこかで誰かが見た、かすかな夢の残り香か。


 けれど確かに、あの日の夕焼けに似ていた。

 帰ってきた、と思えるような、胸の奥がほっとする色。


 思い出す。

 あの日も、こんな赤だった。


 けれど、どうしてだろう。

 その日に限って、胸の奥がざわついていた。


 占いの部屋に、一人の客がやってきた。

 その人は、何とも言えない影を背負っていた。


 笑っていたのに、笑っていない目。

 語る未来に、自分自身の姿がなかった。


 悠真は、いつものようにカードを並べた。

 口に出す言葉を選びながら、胸に広がる不安を押し込めて。


 当たるかどうかなんて、問題じゃなかった。


 けれど――何も見えなかった。


 赤い夕焼けが、どこまでも続いていた。


 ただ、それだけだった。

ふわり――と、風が花を揺らした。

 かすかに漂う香りに、悠真の胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


 あの日の夕方。

 仕事を終えた帰り道に、すこしだけ立ち止まった時間。

 その空気、その匂い。今とまるで、同じだった。


 気づけば、花が風に揺れていた。

 それはまるで、あのときのお客様の目のようで――

 悠真は、どきりと心臓を鳴らした。


 冷や汗が、背を伝う。


 何かが、胸の奥でぶわりと膨らんでいく。

 あの日のことを思い出すほどに、身体が強張っていく。


 その時、リトがそっと、背中に手を添えた。


 あたたかい指先が、優しくなぞるように撫でてくる。


「……あの日、相当つらかったんだね」


 声にされなくても、伝わってしまう。

 だから、何も言えなかった。


 悠真は、ただ目を伏せた。

 揺れる赤い花の向こうで、あの日の夕空が滲んでいた。

言葉が、重かった。


 あの客は、淡々としていた。

 一言一言が、刃のように鋭くて、それでいてどこか儚い。

 ただ話しているだけなのに、なぜだろう。

 悠真は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 けれど、カードは――嘘をつかない。


 並べられた図柄は、未来の断片を浮かび上がらせる。

 そこには確かに、“闇”があった。

 でもその端っこに、かすかに“光”が差していた。


「……未来は、暗い。でも……まだ、変えられるはずです」


 そう口にするたびに、客の瞳がかすかに揺れる。

 迷いとも、諦めともつかない感情が、波のように滲んでいた。


 悠真は息を呑み、震える声で言葉をつなぐ。


「……あなたは……きっと、大切なものを、まだ……」


 その瞬間、客の表情がわずかに崩れた。


 たったそれだけの、ささやかな変化。

 でもそれは、悠真にとって決して小さくなかった。

あの占いのあと――悠真に残ったのは、不安と、悲しみだけだった。


 何も救えた気がしなかった。

 言葉は届いたようで、届かなかった気がして。

 あの人の背中を見送った瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空いた。


 そして今。

 目の前には、赤い花が広がっていた。


 ゆっくりと、静かに。

 それはまるで記憶の中から滲み出すように、花畑は広がっていく。


 風に揺れるたび、香りが濃くなる。

 胸の奥の痛みを、まるでなぞるかのように。


 立ち尽くしていた悠真の耳に、声が届いた。


「――悠真」


 はっとして顔を上げる。

 振り返ると、そこにはりとの姿があった。


 いつの間にか、現実に引き戻されていた。

 でもその手の中には、確かに“色”が、残っていた。

あの占いのあと、悠真の中に残ったのは不安と、悲しみだった。

 救えたのか、それとも届かなかったのか。答えはわからない。

 ただひとつ確かなのは、胸の奥に、何かがぽっかりと抜け落ちていたこと。


 ――そんな思いが、いま目の前に咲く赤い花の中に、溶け込んでいく。


 風が吹くたび、香りが濃くなる。

 まるで、記憶の中から引き戻されるように。


 振り向けば、りとが静かに立っていた。

 その目に、穏やかな光が宿っていた。


 そして、すぐそばでは――


「わーっ!すごいすごい!赤いのいっぱいやーっ!」


 ぽんたが花の中を嬉しそうに転げ回っていた。

 小さな体で花びらをまき散らしながら、無邪気に笑っている。


「こら、服に花粉つくってば……って、あ、もう…!」


 クロもなんだかんだで花畑に飛び込み、ぽんたとじゃれ合うように跳ね回る。

 その姿はまるで子どものようで、悠真の頬が思わず緩む。


 りとはその様子を見て、少しだけ微笑んだ。

 そのささやかな変化が、悠真の心をふっと軽くしてくれる。


 あの日の痛みも、不安も、まだすぐには癒えない。

 でも、ここには確かに“色”があった。

 それは世界の記憶であり、誰かの願いであり――

 そして今は、悠真たちの物語になろうとしていた。

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