3.自白虫の真実
それから3日後。
ウメヅとキョウヤは自白虫の供給元である霊能者の下を訪れ、代金を渡して礼を言った。
「今回は本当にありがとうございました。顕次郎センセイのおかげです」
「いやいやこっちこそ。上手いこと虫の宣伝してくれたんだろ。僕じゃどうしようもなかったからありがたいよ」
あの日はK社を除く同業他社の幹部を招待して一室に集め、尋問を中継してみせていたのだ。
「まだ具体的な問い合わせはきてませんがね。あれからネットにも出所隠した噂も流れてますし、ボチボチうちの張った網に引っかかる奴も出てくるでしょう。あ、引き続き窓口はうちということでよろしいので?」
「頼むよ。僕じゃウメヅさん達みたいにはできないからね」
「承知しました。これからもよろしくお願いしますよ顕次郎センセイ」
このように今後の話を取り決めて霊能者の下を辞した後、2人は料亭の個室で昼食をとった。
2人に食後のコーヒーが出されたところでウメヅがキョウヤに問いかける。
「キョウヤよ。虫のことで何か聞きたいことがあるんじゃねえのか?」
「いえ、特に」
「今なら何を言ってもここだけの話にしといてやるぞ。心配するな」
少なくともキョウヤに対してはウメヅはこの手の約束を破ったことはない。
キョウヤは覚悟を決めて疑問を口にする。
「あの虫の能力って『自白させること』じゃなくて別の能力だったりしませんか?」
ウメヅはニヤリと笑ってそれに答える。
「そのとおりだよく気付いたな」
「それ、俺に言っちゃっていいんですか」
「実動部隊で事実を知ってるのが俺だけだとやりずらくってな。どっちにしろお前には話すつもりだったからいいんだよ」
気まぐれでバラしたわけではなかったようだ。
「で、どうして気付いたんだ?」
「色々と不自然すぎましたからね。
確信したのは虫を寄生させた直後の尋問です。
ウメヅさんは20億盗ったことを確認しましたよね」
「そうだったな」
「そして次の質問に移りました。
おかしいでしょう?カチッペは10億をK社への手土産にしたって言ってるんですよ。
あとの10億のうち幾ら残っててそれはどこにあるのか聞いて回収するのが最優先でしょう?
中継を見ている他会の幹部に出し抜かれるのが心配だとしてもちょっと音声を切ればいいだけです」
「『全額貢いだ』って言ってくれりゃあ良かったんだがなあ」
あのときのセリフはウメヅにもコントロールできなかったらしい。
「その後も同様です。
女の居場所はどこなのか?
同士討ちに見せかけて2人殺すなんて実際にどうやるのか?
何一つ判明しないまま射殺です。
というか、ウメヅさんがわざとそういう具体的な話にならないようにしていたとしか思えません。
これ、本当に虫に自白させる能力なんてあるんだったら責任問題どころの話じゃありませんよね?
今頃ウメヅさんも俺も社に殺されてておかしくない。
そうなっていないということは『虫の能力は自白させることじゃない。それをウメヅさんも幹部達も知っている』ということでしょう」
「そのとおりだな。で、お前はあの虫の能力は何だと思っている?」
「『妄想と現実の区別がつかなくなる』ってとこですか?」
「近いな。顕次郎センセイが言うには『自分の願望を事実と思い込む』だそうだ」
「ああ、なるほど。確かにそんな感じでしたね。けどセンセイはその能力でどうやって儲けるつもりだったんです?」
「そもそもあの虫は何百年も昔に霊能者が『この虫を憑かせれば願いが叶います』とか言って行く先々でその地の有力者に寄生させていたものだったそうだ。で、願いが叶ったと思い込んだ有力者から金を引き出したところでドロンしてたってことだ。」
「センセイのご先祖かなんかですか?」
「いや、その詐欺霊能者を取っ捕まえて虫を封印したのがセンセイのご先祖らしい『こんな虫の存在を悪人に知られては大変なことになる』ってな。それをセンセイがその詐欺霊能者と同じ方法で儲けられないかと本家から持ち出したって次第さ」
ご先祖の懸念は当たったわけだ。
予想とは少々違う方向だっただろうが。
「けど迷信深いのが普通だった何百年も前と同じ方法で儲けるのは無理がある。例えば『お前の鼻の穴にこの虫を突っ込めば死んだ娘が蘇る』とか言ったって誰が信じるんだって話だ」
「それを信じるくらい頭イカれてたらこっちに払う金ももうなさそうですしね」
「そこで能力を『自白させることができる』に変えて噂を流した。これならギリでリアリティもあって需要もありそうだ。それに社の問題がいい具合に片付けられるんじゃねーかって気付いてな」
ウメヅの言う問題とは言わずとしれた
使途を誤魔化したい20億円
幹部自らがつい殺ってしまって取り敢えず行方不明扱いにしている愛人
仲間割れで死んだとされるバカ息子共の遺族同士のいざこざ
の3件のことである。
ここにおあつらえ向きに
その20億円を手に入れたくて
幹部の愛人に懸想してて
バカ息子共を憎んでいて
K社で出世したがってる
そんな下請の青年がいたとしたら。
あとは虫を使うだけでいい。
「あの虫のいいとこは寄生された奴が一見落ち着いて見えることだよな。おかげでクスリでラリってるわけでも暴力で痛めつけられてるわけでもねえ『本人の意思で自白してる』とこが撮れるんだからな」
これで全てをその下請とK社に押し付けられるのだ。
少なくともあのとき中継を見せた幹部のいる他社には大義名分を示せる。
展開によっては動画の一部を警察にリークしてもいい。
「その上このネタでこれからも儲けさせてもらう。一石何鳥だか数え切れなくて笑いが止まらんな。もう噂に引っ掛かってる奴等がいる」
実際に自白させる能力は無いわけだが、ウメヅにはそこを誤魔化して儲ける算段ができているのだろう。
「まあ、今まで黙っていて済まんかったが、お前もこの仕事に噛ませてやるから許せ」
「よしてください。俺には不満なんかありません。むしろ感謝しかないですよ」
実際キョウヤに不満は無い。
つい昨日も今回の件でのボーナスが入ったばかりだ。
だが、そこでふと不安がよぎる。
まさかあのボーナス、虫に現実と思い込まされている妄想じゃないよな?
いや、俺が虫に寄生されるような状況はなかった。
使わずにセンセイに返した虫の数も合ってた。
寄生された奴等が見せた万能感に支配されてもいない。
大丈夫だ。
……もしかしてこれから何か幸運があるたびにこうして『寄生されてる可能性』を疑うことになるのか?
そんなキョウヤの葛藤はウメヅに全て見透かされていた。
「あ〜、お前もなっちまったか。俺もだよ。ま、この虫で儲ける代償とでも思って当分我慢するしかねえな。そのうち慣れるだろ」
「……そうですね」
2人は苦笑いを浮かべた顔を見合わせてコーヒーを飲み干した。




