雪女に転生した温泉マニア君は、超・奥秘湯の女将になりました!
「秘湯・湯源郷へようこそ!」
オレは半月ぶりの客を招き入れた。
ここは、オレが冬季限定で経営する湯宿「湯源郷」。
巷では都市伝説として語られ、秘湯マニアがたまに来るが、自力でここへ来れた人間はまだいない。
遭難しているところをオレに発見された運の良い者だけが辿り着ける温泉だった。
効能は多種多様で、病気・ケガ・心の病も治してしまう…らしい。
なぜ「らしい」と曖昧なのかというと、オレはまだこの温泉に入ったことがないからだ。
なんでかと言うと…
「女将さん、助けていただきありがとうございました」
客の男性が声をかけてきた。
「噂を聞いてこの秘湯を探しにきたのですが、危うく死ぬところでした」
「どういたしまして。私もここの源泉をみつけた時に遭難したんですよ」
結果、オレは死んだ。
その後、雪女に転生したオレは難なくこの秘湯にたどり着いたのだが、大問題に遭遇する。
温泉に浸かると体が溶けて死んでしまうのだ。
オレに同情した山の神から、
「この温泉で1000人の人間を癒せたら、人間にしてやろう」
と提案され、今に至るというわけだ。
遭難必至の山奥にあるせいで、来客はほぼいない。
オレが温泉に浸かれるのはいつになることやら。
翌朝。凍らせた川をソリで下り、客を里に送った。
ついでに食材を仕入れ、帰ろうとした時だった。
「お姉ちゃん、湯源郷の人?」
振り返ると、10歳くらいの女の子がオレを見上げていた。どこかで会っただろうか?
「そうだけど、よくわかったね」
「ネットの人が、ここにいたら会えるかもって教えてくれたから、ママと待ってたの」
そう言って遠くのバス停を振り返る。防寒着に身を包んでベンチに座る女性が見えた。
「パパがいなくなってから、ずっと元気がないんだって。温泉に入れば元気になるかも、って言われて来たの」
母親は冷え切っていて動けないようで、女の子と一緒に毛布にくるんでソリに寝かせた。
「ちょーっと目を閉じててね」
川の氷を盛り上げて遡る。
宿に着くと母親を抱えて温泉へ入れた。
浴衣を取りに行こうとした時、目を覚ました彼女がオレの腕を掴んだ。
じっとオレをみつめる。
「サトシさん?」
オレの…妻だった。
女の子はオレの娘なのか。
「浴衣を持ってきますね」
否定も肯定もせずに立ち去る。その足で山神の祠に向かった。
願いの変更申請をしよう。温泉に浸かれなくても良い。元の体に戻りたい。
オレは女将として、妻と娘と一緒にこの温泉宿を営むことになるのだった。