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アワビの踊り焼き(童話)

作者: n.kishi

 小学校2年生のユキちゃんはお父さん、お母さんと3人で、海の見えるホテルを目指し、朝早く車でうちを出発しました。久しぶりの家族旅行です。夕方、ようやく大きなホテルに到着しました。お父さんは長時間の運転でもうへろへろです。3人はフロントで受付を済ませ、部屋へ向かいます。10階の部屋からは目の前に広がった海を一望できます。窓から外を眺めていると、カモメが1羽、バルコニーにやってきました。ユキちゃんのほうを見ながらクウクウと鳴いています。ユキちゃんはポケットの中をごそごそし始めました。ドライブの途中、お父さんが買ってくれたパンの食べ残しを探しています。それを取り出すと、小さく切って、窓からカモメをめがけてポイと放り投げました。カモメは上手に口でパンをキャッチ、そのままゴクンと飲み込みます。それを見たユキちゃん、またポイとパンを投げます。今度もカモメは上手にくちばしでつかんで食べます。楽しくて仕方がありません。その様子を見ていたほかのカモメが5、6羽、ユキちゃんの部屋をめがけて飛んできました。さすがにユキちゃん、ちょっと怖くなって慌てて窓を閉めました。

 そうこうしているうちに、「ユキちゃん、お風呂に行くわよ」と部屋の奥からお母さんの声が聞こえてきました。ユキちゃんは「はーい」と返事をして、浴衣に着替え3人でお風呂に向かいます。大浴場からも海が見渡せ、たくさんのカモメが真っ青の海の上をゆったり飛んでいます。

 お風呂から上がり、部屋へ帰ると、お父さんが先に戻っていました。「さて、ごはんに行こうか」とお父さんは2人に声を掛けます。そういえばお昼はパンをかじっただけで、おなかがペコペコです。

 大広間にはすでに食事が用意されています。テーブルにはお刺身やカニ、ステーキなどユキちゃんの好物がたくさん並んでいます。「いただきまーす」とユキちゃんは元気に言いながらまずはお刺身に手を伸ばしました。するとそのとき、お刺身の横に置いてあるふたがついた丸いお皿からコトコトと音が聞こえてきました。ユキちゃんは「?」と思いながらふたを開けてみたところ、殻に入った大きなアワビがのっています。その様子をそばで見ていた係の人がやってきて、「火をつけますね」と言いながらあわびのお皿の下に置かれた白い固形燃料にカチャ、カチャ、カチャと3人分のお皿に着火しました。ユキちゃんはお刺身に伸ばした手を止め、しばらくそのお皿を眺めています。すると、またコトコトとお皿から音が聞こえてきます。その音はさっきより大きくなったようです。「アワビ、熱いだろうな……」とユキちゃんはつぶやきます。しばらくすると音がしなくなりました。ユキちゃんはお刺身に伸ばしていたおはしを元の位置に戻し、下を向いてしまいました。あれほど腹ペコだったのに……。

 その様子を見ていたお父さんはユキちゃんにやさしく語りかけます。

 「ユキちゃん、ごはんを食べるときいつもなんて言う?」

 ユキちゃんは下を向いたまま小さな声で答えます。

 「いただきます」

 「そう、『いただきます』だね。いただきますは生き物の命をいただきますということなんだよ。アワビもそう。このテーブルに並んでいるお刺身にしろ、カニにしろ、お肉にしろみんな生き物。私たち人間はほかの生き物の命をもらって生きている。そのことに感謝しないといけないね」。

 お父さんの話を聞いて、ユキちゃんは顔を上げました。その頃にはアワビのお皿からおいしそうな香りが漂ってきています。ふたを開けると、アワビの身が殻の中でグツグツと煮えています。

 ユキちゃんはお刺身に伸ばしていたおはしの行き先を変え、アワビに向かわせます。お皿の横に添えられたレモンをギュッとひと絞り。「いただきます」とさっきより大きな声でグツグツの中からアワビをひと切れつかみそのまま口の中に放り込みます。コリコリとした食感にバターと磯の香り、爽やかなレモン果汁が口の中いっぱいに広がります。

「う~ん幸せ!」。



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― 新着の感想 ―
[良い点] きちんと、「いただきます」の意がわかる、いいお話ですね。 童話かつ説話のような、感覚です(^o^)
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