17 覚醒
ピーターはピコルとパピを、尋ねてくるようになった。
ピーターの最初の報告は、金貨の枚数であった。
金貸しの金庫から持ち出した金貨は2128枚であった。
2日後、ピーターは金貸しの動向を教えてくれた。
金貸しの事務所は閉まり、出入りする人が消えた。
町の噂話では、夜逃げしたという。
金を貸す側が夜逃げとは、前代未聞で、
面白可笑しく、世間では喧伝されていると言う。
ピーター「これで追われることが無いので、便利屋に精を出せます。
(小声で)依頼の件も調べやすくなります」
海賊についての情報は、簡単には集まらないようだった。
ピーターは申し訳なさそうに報告する。
ピコルは無理をしないよう、ピーターに言い含めた。
パピ「お前、弱いから、何かわかっても、深く探るな。
深く探る前に、俺に教えろ」
ピーター「はい。自分の実力は承知しています」
東の広場で公演を始めて、10日がたった。
カオランは、念願の新しいギターを手に入れていた。
もちろん、リンラもタンバリンを手に入れた。
メロディーとリズムが加わり、カオラン一座の公演は、華やかさが増した。
そのお陰で、公演の順は、中ほどにまで、上がっている。
人気が出れば、妬む者もいる。
妬みは、カオラン一座のスターとなった、パピに向けられた。
事件は、パピが曲芸をしている最中に起こった。
パピはピコルの歌に合わせ、踊っていた。
踊りから、曲芸のパートになった。
パピは逆立ちをし、足を打ち合わせて、リズムを取っていた。
その時、パピは視界の右端に、何か違和感を感じた。
その瞬間、ピコルの歌が聞こえなくなった。
代わりに、くぐもった連続音が聞こえる。
目を右に向けると、違和感の正体が分かった。
硬貨ほどの小石が、自分の方に飛んできていた。
小石はゆっくり飛んでくる。
小石は体の中心から、少し逸れていた。
避けることができそうだった。
最初は避けようと考えたが、不味いことに気が付いた。
避けるとピコルに当る。
パピは小石を足で弾き、地面に落とした。
またパピ目掛け、小石を投げようとしている大道芸人が、目に入る。
小石はスローモーションで、パピに近づいてくる。
今度の小石も、避けるとピコルに当るコース。
パピは少し腹を立てた。
「小石が当れば痛いし、怪我もする。
こいつ、 そんなことも知らないのか?
自分に小石が当れば分かるだろう」
そう思い、足を勢いよく振り、小石をはじき返した。
小石は、それを投げた大道芸人目掛け、飛んで行った。
パピは、小石が大道芸人の顔の中央に当るよう、調整していた。
パピの目論見通り、小石は大道芸人の額を直撃した。
大道芸人は気絶し、その場で崩れ伏していった。
もう大丈夫だろう。そう安心した直後、ピコルの歌が、
リズム取りの拍手がパピに届きだす。
いきなり、気絶する大道芸人に、ザワツキが起こった。
しかし、公演を見ている聴衆も、
周りの大道芸人達も誰一人として、
これがパピの行為だと、気づく者はいなかった。
曲芸が終了した。聴衆に終わりの挨拶をしながら、パピは考えていた。
何だったんだろう。
回りの全てがゆっくり進む。だが、パピだけはその中で普通に動ける。
未知の経験であった。
最初は少し戸惑ったが、愉快であった。
挨拶の終わりは、いつもはここで、立ちでバックの宙返り、を披露する。
「もう一度、経験したいな。あのゆっくりな世界」
パピがそう思った瞬間、スローな世界が出現した。
自分の宙返りも、スローであった。
パピはこのスローな世界を、
自分の意思で、手に入れられることを理解した。
パピは、このスローな世界を、娯楽と考えていた。
誰にも気づかれくことなく、日に何十回も楽しんだ。
目の前を、小さな虫が飛びまわり、うっとおしかった。
パピは、スローな世界を出現させる。
手に持った小枝で、目の前を飛び回る虫を、撃ち落とした。
足元に、投げ銭の銅貨が3枚。
パピは、スローな世界を出現させる。
銅貨を順に3枚、足で踏みつける。
踏んだ反動で、銅貨は5cmほど、宙に浮く。
つま先で、浮いた銅貨を、真上に跳ね上げる。
上に飛び上がってくる銅貨を、手のひらで掴む。
この方法で3枚全て回収したが、気づく者はいなかった。
午後、大道芸練習の休み時間、ピコルが隣で休憩していた。
ピコルの胸元中央、バストと服の隙間で、
マロがまったりと、髭を両手でとかしていた。
パピはスローな世界を出現させる。
マロを摘まみ、胸の間隙から取り出す。
マロをピコルの頭に乗せた。
ピコル「あれ、マロ、何時の間に頭に上ったの?」
マロ「違います。パピの高速動作モードで、移動しました」
ピコル「高速動作モード?」
マロ「パピ。会得しましたね」
パピ「何、会得?」
マロ「今、使ったやつです」
パピ「スローな世界を出すやつ?」
マロ「世界が、ゆっくりになったのではないです。
パピが高速になったのです」
パピ「俺が早くなったのか」
マロ「そうです」
パピ「マロにバレちゃった。もうイタズラできないか」
マロ「高速動作モードを、イタズラに使っちゃダメです。
高速動作モードは、戦いのために使ってください」
マロは、高速動作モードは戦闘の道具だと、説明してくれた。
練習が必要なことも、説明してくれた。
大道芸人達の朝は遅い。午前中は大抵寝ている。
ピコル達も、大道芸人達を見習っていた。
ぐうたらになったピコル達に、マロは諫言した。
結果、午前中は東門の外で、戦闘の基礎訓練を行うことになった。
ピコルはパピの監視として付き添う。
マロはパピに、高速動作モードでのトレーニングを指導した。
走る 走る練習、止まる練習
投げる 小石を的に正確に投げる練習、強く投げる練習
敏捷 反復横跳びの様な練習
空中姿勢 飛び上がり、体、手足を使い、空中姿勢を制御する練習
ピコルには、パピが何をしているか、さっぱり見えなかった。
しかし、この訓練でパピは、人間を超える戦士に覚醒した。
黒ガウイを軽く凌駕する戦闘能力を、身に着けたが、
本人はそのことを知らなかった。