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短編

イケメンはつくるもの!~ツンデレ婚約破棄令嬢と甘々ほのぼの伯爵~

作者: Rena


「すまない、カトレア。婚約者を妹に譲ってやってくれ」


 お父さまの言葉に口があんぐりあいてしまいました。

 譲ってやってくれって……物じゃないんですから。


 お父さまの横では妹がぴえん(泣き)していました。

 なんと一世一代の大恋愛だそうです。

 素晴らしい! 応援しますわ。


 わたくしの婚約者様はたしかに見た目は青い髪に金の瞳と理知的で麗しい、いかにも優しそうな表情をしています。しかしですね、彼の性格はひどいですわよ。いままで何回もデートを遅刻されて、時にはぶっちされて、イベントごとのプレゼントも用意しない、甘い言葉の一つもない……よろこんでお譲りしますわ。


「代わりと言ってはなんだが、伯爵家のポール・ジョンから婚約の打診が来ている。お見合いに行ってはくれないか」


 お父さまの言葉にさらに口があんぐりする。

 婚約破棄してまた婚約しろですって!

 どんなスピード婚約ですの!


「ええ、わかりましたわ」


 ポール・ジョンはわたくしの幼馴染だ。ふっくらした体つきに、瓶底眼鏡、天然パーマのくりりとした金髪に、二重のくりくりとした碧色の瞳、人柄のよさそうな顔つきをしている。妹の眼中にはなかったようだが、わたくしは彼の穏やかな性格に好感をもっていた。






 お見合い当日、花模様の総レースの桃色のひざ下のドレスを纏って、シャンデリアの煌めくフロアに足を踏み入れたわたくしは、数年ぶりに顔を見るポール・ジョンの姿を見て思わず目をむいた。



 かなり太ってらっしゃる!!



 わたくしの記憶よりも二十キロは太ったであろうポール・ジョンはそのまま季節のハムとしてウィンドウケースにしまい込まれそうだった。ぽてぽてと効果音のつきそうな足取りで席に着くとわたくしの顔を見てにこりと笑う。


「ああ、カトレア。変わらず美しいね。僕はまた一目見れてうれしいよ。この数年間君のことを毎日考えていたんだ」


「まあ」


 

 婚約者のジョナサンの冷たい扱いに慣れていたからか、こんな軽口にもじんとしてしまう自分がいる。

 わたくしは口元に扇をおいて、口角のゆるみを隠した。


「君と僕とでは釣り合わないかもしれないが、僕は君を愛している。僕は君の為ならなんだってするつもりだ。どうか少しでも考えてくれないだろうか」


 ……なんて可愛いことをいうのかしら。



 わたくしの視線は上から下までポール・ジョンの姿を吟味した。


 これからの時代、王子様というものは探すのではなく創りあげていかなくてはね。


「よろしいですわよ」


 わたくしはパチンと扇を閉じてにっこりと笑った。


「婚約いたしましょう」







「おはよう、カトレア。今日も美しいね」


 紺色の運動用の服に身を包んだポール・ジョンはぽうとした顔でわたくしを見つめている。わたくしはジャストフィットの黒いタンクトップに、足さばきの良い白のキュロットといういで立ちだ。彼の目にはどうやらものすごいフィルターでもかけられているのだろう。


「君にデートに誘ってもらえるなんて光栄だな」


 ポールはもじもじした。そんなに喜ばれても照れますわ。


「ええ、今日は天気もいいし、おしゃべりしながら公園を歩きましょう」


 わたくしは考えたのだ。このままポールが太ると彼の健康に非常に悪い。

 デートはすべてウォーキングしながらできることにしよう!と。

 汗を大量にかいても大丈夫なように、運動に適した服で来てもらうようにお願いした。ポールの服のセンスは……これからなんとかしよう。


「あ、ほらアヒルさんがいますわ」


 森林公園の広い敷地内を歩き、一面の湖を眺める。もう三時間くらいは歩いて汗もじんわりと滲んできた。ポールは嫌になっていたりしないかしら、と心配してそっと顔をうかがうとポールはすがすがしい表情をして湖を眺めていた。


「ああ、本当だ。かわいいね。まあ、君の可愛さには負けるけれど」


 湖から目を離してこちらを向いたポールはぱっと顔を赤くした。

 どうしたのかしら?


「あ、ええと。そうだ僕の上着を貸そう」


 ポールはおもむろに上に羽織っていた上着を脱ぐとわたくしの肩にかける。

 そのまま目を泳がせて湖を向いた。


 どうしたのかしら?


 自分のタンクトップを見るが、汗をかいてぴったりしている以外にとくに変化もない。


 そのままおしゃべりをしながら歩きつづけ、持ってきたハーブティをコップについで、丸太のベンチに二人並んで座った。


「ポールはわたくしが婚約破棄されたのをご存じでしたのね」


 わたくしが疑問に思っていたことを投げかけると、ポールは飲みかけていたハーブティをむせた。


「ああ、君の妹が随分とジョナサン・ウォールにアプローチしていると風の噂できいてね。気が早いとは重々承知だったけれど差し込みで申し込んではいたんだ。もちろん、だめもとだったのだけれどもね」


 頬に朱をさして俯く様子を見て、わたくしの心は揺れた。


「そうですの。随分と気がはやいですこと」


 そっとハーブティを飲み込むと胸のつかえまですっと消えていくような気がした。



 そのままぐるりと森林公園を一周してもと来た入り口に戻る。おそらく三キロはあっただろう。ほどよく疲れた。


「では、またお会いしましょう」


 わたくしの小さく揺れた手に、ポールは大きく振り返した。


(まあ、お可愛いですこと)



…………



「では、今日はショッピングにでも行きましょうか」


 わたくしの言葉に、数年前と同じくらいまでほっそりしたポールは目をまるくした。


「ショッピング?」


「ええ、だってもうサイズが合わずにぶかぶかでしょう、その服。わたくしがあたらしい服を選んで差し上げますわ」


 扇を口元にやりながら言い切るとポールはうれしそうに口元をほころばせた。なんですの、その生暖かい視線は……。


「そうだね。ありがとうカトレア。君はなんて優しいのだろう」


「ええ、別にあなたのためではありませんことよ。隣で歩くわたくしが恥をかきたくないだけですの」


 わたくしのつれない返しにも頬を染めるポール。あのですね……おこりますわよ。


 オードレッドの繁華街を歩きながら、仕立ての良い洋服屋をはしごしてポールの良さを引き立てるフォーマルなタイプの私服を何着か選び、運動用のシンプルなデザインの上下を買った。彼はぽんやりした顔つきだからきゅっと引き締まったデザインで締めるのがいいだろう。運動着は明るいスカイブルーと白の組み合わせにした。


「ああ、カトレアに選んでもらえるなんて、僕は幸せ者だな」


 頬を緩めながら会計をするポールを見て私は扇で口を覆う。

 まったくもう。喜んでお金をはらっているんじゃ変な女にだまされないか心配ですわ!




 婚約して三か月、ポールはさらに痩せたので、すっかりすらりとした。


「眼鏡を買い替えましょう」


 わたくしの唐突な提案にもまったく反発しない。どうやらわたくしのためになんでもするというのは本当のようですわね。


「眼鏡を?」


「ええ、小顔になったからゆるゆるではありませんの。何回もずりおちるのを見てるこっちのほうがイライラしてきますわよ」


 扇を口もとにもってきてぷんすかするわたくしを可愛いものを見るような目つきでポールは微笑んだ。なんですの、その目は……。


「ああ、そうだね。カトレアを煩わせてはいけないな。さっそく行こう」


 デザインは選んでいいよという声に甘えて、わたくしは自分好みの黒縁の細めのスクエアタイプのものを手に取った。ポールのゆるゆるな雰囲気にはこれくらい四角い眼鏡で締めるくらいでちょうどいいですわ。


 真剣に吟味するわたくしをポールがとろけるような笑みで見つめてくる。

 わたくしはこめかみに青筋をたてて振り向いた。


 そこではっと気がついたのだ。



 店内の女性客がみんなポールを熱い瞳で見つめている……?



 まじまじとポールの顔を見る。

 少しずつ変わっていったから気がつかなかった!

 ポールってもとの素材はけっこういいんだわ。



 目の前にはくせ毛の金髪に、二重のくりりとした碧色の瞳を甘くとろけさせて、しゅっと引き締まった長身の男がカウンターにもたれかかりながらこちらを見つめていた。


「それがいいの? カトレア」


 甘く微笑みながらわたくしの手から黒縁の眼鏡を受け取り、厚い瓶底の眼鏡をはずした。



 きゃあ、と黄色い声がそこかしこであがる。



 黒縁の眼鏡にかえたポールはすっかり美青年の王子様だ。


「どう? カトレア」


 わたくしはぎゅんと扇を口もとにもっていく。


「まあ、悪くなくてよ!」


 そんなわたくしの強がりをみてポールは笑った。






「カトレア、もしかして痩せた?」


 ポールの言葉にわたくしはふんと鼻を鳴らす。


「あのですね、同じ距離をふたり歩いているんですのよ。わたくしこれ以上痩せたら死にそうだから必死に食べてますの」


 わたくしの足には筋肉がついて引き締まったように見せていたが、体重はほとんど変わっていない。


「そっか、カトレアが僕のためにそんなに努力してくれるなんてうれしいなあ」


 ポールは笑った。なんだかからかわれているようで腹立たしいですわ!


「あ、ここの美容院に行くんだっけ?」

「ええ、その伸びきった髪をさっぱり綺麗にしてもらってきなさいな」


 わたくしは扇を口元にあてた。


「ああ、行ってくるね」


 ポールはそのぼさぼさ頭でも充分人目を惹くくらいには格好よくなっていた。

 わたくしは内心おだやかではない。



「ああ、カトレア。どうかな?」


 すっきり短くなったポールは天然パーマの部分を切られ、ワックスをつけられて爽やか五割増しだった。


 わたくしはぷるぷるした。


「悪くないですわよ」


 扇の奥で小さく呟かれる言葉に、ポールは耳を寄せた。


「んー?」


 その揶揄からかうような瞳にわたくしの怒りが火山噴火する。

 ぜったいにぜったいにわざと揶揄っていますわね!




 

 両親との顔みせの食事会にポールはわたくしの選んだ黒のかっちりとしたスーツに差し色の水色のチーフをチラみせして、袖元に銀のカフスボタンを煌めかせて現れた。


 金の髪はワックスで遊ばせ、爽やかに切り揃えられた短髪に、理知的な細めの黒いスクエア眼鏡の奥では二重の人懐こい碧の瞳が揶揄うように光っている。


「カトレアさんとお付き合いさせていただいているポール・ジョンです。よろしくおねがいしますね」


 ポールに握手されて妹は目がハートになった。やっぱりジョナサン・ウォールとはうまくいっていないようだ。両親は彼のかわりぶりにすっかり腰を抜かしている。


 わたくしは紅茶を口に運んだ。もうすっかり彼の姿に慣れたので扇はもういらない。


 そう、イケメンはつくるもの。


 ポールはわたくしの扇なしの緩んだ口元を見て嬉しそうに笑った。

お読みいただきありがとうございました!


補足:ポールは見た目が変わりましたが、カトレアは中身がかわりました(扇がなくてもいい=強がらなくてよくなった)

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