邪龍
大陸随一の発展都市、パンタシア
そしてこの街はその大陸でも優れた街として有名である。
富と財に溢れ、多くの貴族、腕利きの冒険者が集まる街でも有名だ。
そしてここに人が集まる理由はもう1つある。
それはこの大きな町を描囲っている巨大な鉄の壁。
なんでも大陸の王がドワーフを使い作らせたというこの巨大な鉄壁が、外にいる魔獣たちからこの街の住人を守っている。
あの壁の大きさがこの街の平和を象徴していた。
そして今日も街を見渡せば今日も人で賑わっている。
「···············なにか食って帰るか」
「おう!」
どうせ街に来たんだ、少し店に寄って帰るのも良いかもしれない。
俺達は何処か食事できる店を探そうと歩き出した時、後ろからこちらを呼ぶ声が聞こえた。
「フィリア!」
振り向けばそこには腰に剣を携えた男がたっていた。
見た感じはまだ18かそこらのまだ若い少年だった。
俺に面識は無い。
実際に呼んだのはフィリアの方だ。
俺は知り合いかどうか訪ねようと手を繋ぐフィリアの方を見ると、フィリアも俺の意図に悟ったのか、ブンブンと首を振っていた。
「また会えたな!」
「君は?」
俺が口を開くと、男は露骨に嫌そうな顔をする。
一瞬こちらを睨んだが、すぐに視線をフィリアの方に戻し、ヅカヅカと歩いてフィリアとの距離を詰める。
「返事を聞かせてくれないか?」
「な、なんの事だよ」
「言ったじゃないか、僕達のパーチィーに入ってくれ!」
「だから、あれは断るって···············」
「何故だ!?」
フィリアの返事に心底残念そうにしている男に対し、近づくにつれ、怖いのか俺の後ろに隠れるフィリア。
俺はそっとフィリアを安心させるために優しく頭を撫でる。
それを見て男は再び俺の方を睨む。
「誰ですか貴方」
「フィリアの父親だ」
「似てないですね。種族も違うみたいですけど」
「俺はフィリアの実の親じゃないからね」
「フィリアの本当の家族でもない貴方には関係ない事だ」
「血が繋がってない。そんなの些細なことじゃないか。正真正銘フィリアは俺の娘だ」
「···············フィリアは冒険者になるべきだ」
冒険者。
英雄の卵。
多くの者たちが英雄、富、名誉を求めて冒険者になり、その大半のほとんどが死んでしまう。
高難易度のクエストを受ければ富も、名誉も、或いは英雄の名すら手に入る。
少年少女は誰しもがそれに憧れて冒険者になる。
中にはどんな職にも付けず、渋々冒険者になる者もいる。
或いは多額の借金を返すために一攫千金を狙ってなる者もいる。
或いは、それが使命であり、ならざるおえない者もいる。
俺はしゃがんでフィリアと目線を合わせる。
「フィリアは冒険者になりたいのか?」
フィリアは無言のまま首を左右に振った。
俺は再び少年の方を見る。
「という事らしい」
「嘘だ!お前がそう言わせたんだ!フィリアは僕と同じ、冒険者にならなければいけない。冒険者になって悪を倒す運命なんだ!」
「··········それは君の運命であって、フィリアの運命じゃない」
「いいや、フィリアは冒険者にならなければいけない。その力は、こんなところで埋もれさせては行けない!その力悪を倒し、弱者を守る為のものだ!」
確かにフィリアは強い。
体内の魔力量なら既に俺と同等か、それ以上か。
既に先程のギルドでもフィリアに並ぶ魔力量を持つ者は居ないだろう。
しかも無詠唱での魔術に加え、フィリアは見た目によらず剛力だ。
確かに冒険者にスカウトしたい気持ちは分かるが、それがフィリアの意思でない以上、俺は親として同意することは無い。
力ある者は、それを正しく使わなければならないと言うが、そこに自分の意思がなければ、そんなのクソ喰らえだ。
「フィリア、俺に掴まってろ」
「わかった」
「おい!何をする気だ!?」
「もうお前は喋るな」
「ッ!」
次の瞬間、少年の目から男とフィリアの姿が消えた。
建物の屋根、道の端から端まで、今も歩き続ける住人の顔を一人一人確かめながら周りを見渡すが、2人の姿はどこにもなかった。
「転送かっ!?」
だが、転送は足元に魔法陣を書くことでしか発動しないはず。
一体何が!?
二人がここから遠くに行ったのではないかと予測し、男はすぐにその場を離れ、別の場所を探しに向かった。
「···············行ったか」
恐らくグロブスが言っていた勇者とはあの男だろう。
別に冒険に誘うこと自体は俺は止める権利はない、それは個人の自由だ。しかし相手が断っているのなら話は別。
しかもそれが自分の娘ともなれば尚更。
「···············悪いが今日は」
「別にいいよ。それにオレ叔父貴の飯好きだし!」
俺が言い終わる前にフィリアが答えた。
俺はフィリアの頭を軽く撫でると、気持ちよさそうにフィリアは目を細めた。
「代わりに久しぶりに"アレ"やってやる」
「ほんと!?」
「あぁ、背中にしっかり掴まってろ」
「おう!」
フィリアが背中にピッタリと掴まったのを確認すると、次の瞬間、俺は空高く跳んだ。鳥より高く、雲より高く飛び、都市全体が見渡せる程高く飛んだ。
そして飛んだ勢いが消え、本当ならばそのまま重力に従いそのまま下へ落下するが、そうなることは無かった。
「我に巡る血は人にあらず、故に我は人にあらず。我は空を統べる者、我は地を統べる者、我は海を統べる者。頂でその姿を示す。その血を呼び覚まし、全盛の姿を顕現させ今我に力を与えよ」
詠唱を唱える事に体は変化し、大きくなって行った。
「『邪龍変身』」
───グウウゥゥオオオオオオォォォォッ!
巨大な咆哮。体を黒く染め、混合よりも更に硬い鱗をはやし、何処までも伸びる蛇のような細長いからだ、空を覆う程の大きな翼と体躯になる。
その姿はまるで伝説の邪龍、ファーヴニルだった。
そんな伝説の化け物が空に突然現れれば街は大パニックになるだろうが、街の人にとは空に突然現れた邪龍に目を向ける所か、まるで邪龍がそこに存在していないかのように普段通りの日常をすごしていた。
それもそのはず。
今この街の人々には2人の姿は写っていない。
それは先程男の目の前からも姿を消した世界に散らばる神具の一つ、身を隠す指輪。
姿はもちろん、指輪の効果が発動している間は存在、記憶、痕跡全てを消す。
ただ透明人間ではない。
存在すらも消してしまう。
「わー、やっぱすげぇ!」
『···············落ちるなよ』
フィリアは龍となった男の額の上ではしゃいでいる。
「なぁ叔父貴!オレもいつかこれくらい大きくなれるかな!」
───男の子だって。きっとあなたそっくりに育つわ。
『····················さぁな』
男は何を思ったか、何も思わなかったのか、だが確かに彼の頭にはかつて愛した妻の顔が、妻の幸せそうな顔が浮かんでいた。