鍛冶屋
ギルドの工房は、俺の工房とは比べ物にならないほど大きく、そこで多くの武器や防具を日々練磨し、修理し、作っている。
そこの長を務めるのが、俺の目の前に経つ、滝髭を生やした小柄で褐色肌とたくましい腕を持つ男、ドワーフのグロブス。
俺の目の前に立つドワーフは目を見開き、唖然としていた。
「····················そのガキどうした」
「拾った」
「拾ったって··········しかもそいつ、龍神の類じゃねぇか」
竜には大きく分けて二種類居る。
片方は竜。
大小様々な種族に別れ、弱い強いも引っ括めて竜と呼ばれ、そのどれもが上位の存在であり、どれもが伝説となっている。
もう片方は龍、またの名を龍。
これは一種類しか居ない。
遠い遠い極東の地で、伝承、伝説として様々な所に名を出している。
人になり、人と心通わせ、時に知恵を、時に厄災をもたらす。
龍と竜の違いは多くあるが、明確なものが一つだけある。
それは繋がり直線でなく、枝のように曲がっている所だ。
竜の角はデーモンや動物などの角に似ているが、龍の角はその生物のどれにも当てはまらない、歪んだ、枝分かれした角。
「交渉の邪魔はさせん」
「そう言う問題じゃねぇだろ。どうすんだそれ」
「無論育てる」
「···············まぁ、他人の俺からどうこう言うつもりはねぇが、これだけは言っといてやる。めんどくせぇことに絡まれたくなかったら元いた場所に捨ててきな」
「····················」
「そうかい。それじゃぁいつも通り武器を鑑定させてもらうぜ」
「あぁ」
「···············蛮雄も変わったな」
俺はその言葉に何も返さなかった。
また、それ以上グロブスも何も言わなかった。
いつも通りの工房で、いつも通りの交渉。
ただ違うとすれば、静かな寝息が二人の間に聞こえることだけだろう。
〆
「また来たのか小娘」
「また来た」
「あいっ変わらず可愛げがねぇこった。ほれ、換金の邪魔だ。どうせ言っても聞かねぇんだ、工房を見たけりゃ勝手に見てろ」
「うん、ありがと」
そう言うとフィリアは頷き、奥の工房の見学に向かった。
フィリアはここに来ると決まって工房の見学をする。
ドワーフ達の工房はあまり見れる機会は少なく、殆どは武器を売る際に奥の部屋に行くために通り過ぎる家庭で、横目で少しだけみれる程度。
しかも扉が空いている時に限る。
ドワーフがあまり工房を見せないのは、ドワーフにとって工房は神聖な場所であり、同種でも、その家族だったとしても未熟者は絶対に入れて貰えず、一人前と認められ、工房に入れてもらえる。
そんな工房にフィリアが入れるのは、その若さにして槌の重さを知り、鉄を叩く時の力を知り、鉄を溶かす炎を知り、工房の熱、そして想いを知っているからこそ、そしてその鍛冶師としての才を少なからずグロブスが見抜いたからこそ、許されているのだろう
「全く」
「いつもすまない」
「いや、あのガキの炎は良い。鉄は命、炎は器って俺の師匠が言ってたが、あのガキの炎からはいい武器が造れる。強要はしねぇが、あのガキの気まぐれで炎を出してくれりゃァこっちも商売が捗る」
フィリアの炎で打った装具は確かにいいものができる。
形が整い、まるでその鉄が成りたい形に導くような、そんな炎だ。
グロブスが工房をフィリアに見せる、もう1つの理由でもあった。
話もそこそこに、グロブスは俺の持ってきた武器の出来を見始めた。
ドワーフは鍛冶に置いて右に出るものは居ないほど、鍛冶を極めた種族だ。
しかしそれと同時に、その武器がどれもが1級品であり、ドワーフは鍛冶に置いて手を抜くことや、3級2級の装具を意図的に作ることな恥とされており、店に並ぶ品はどれも駆け出し冒険者がまず扱うことの出来ない装具ばかりだ。
だから俺が質の悪くない、しかし1級品には到底届かない、2級品、3級品の品を作ってドワーフに売っている。
「···············あのガキが勇者一行にスカウトされた話は知ってるか?」
「···············あぁ」
「後輩が自分の許可無く娘を誑かしてんのに何にもなしか」
「····················俺も昔、妻を唆した」
「いや、あの女は一目惚れだとよ」
「ふっ、それは···············嬉しいな」
全く、家族バカも自覚がないとタチが悪い。
普段は無表情で、何に対しても最低限の返事しかしないこの男も、妻や娘の話になれば多少は饒舌になる。
顔も多少は綻ばせる。
なのに本人は気がついてねぇときた。
「····················フィリアが冒険者になりたいと言うなら、俺は全力で応援する」
「そうかい、好きにしな」
「····················所で、どうなんだ?」
「ん?あぁ、今回も上出来だ。これなら駆け出しに売っても問題なかろう」
「そうか」
「今回は金貨25枚でどうだ?」
「いや、35だ」
お互いの目線に火花が散った。
「26だ」
「35」
「ぐぬぅ、30ッ!」
「35だ」
「33ッ!これ以上は予算外だ!」
「34枚だ、お前の目ならそれが打倒の金額だと分かるなだろ?」
「ぐうぅ···············、お前さん値切り交渉を知らんのか」
「突然だ。それより、34枚より下げるつもりはないぞ?」
「わかったわかった。見たところこの武器の殆どに小娘の炎を使ったようだな。特に3級品の中に、悔しいが俺達ドワーフでも造れねぇ様な1級品が混じってやがる」
俺はよくドワーフでも造れない様な1級品を3級品に混ぜて売っている。
3級品はいくら売っても銀貨50枚が精々だろう。
今回は極東の地で使われてるという刀だ。
何度も何度も熱して鉄を溶かし、繰り返し繰り返し打ち続ける
それを何時間も何時間も、途方もない時間繰り返し造り出された一刀。
刀自体ならドワーフでも作れるだろう。
しかし、素材とフィリアの炎はドワーフにも再現不可能だ。
そしてこの一刀1つで金貨30枚くだらない。
残り金貨4枚に相当する武器は
「今回のは刀に···············ガントレットか。しかも素材はシルバーベアの毛皮か。いい素材を手に入れたな。余ってるなら俺に寄越せ、イイネで買ってやる」
「····················わかった。次来る時用意しよう」
シルバーベア。
鋼のような毛皮と、鋼鉄も切り裂く爪。
4m越えの巨体を活かした剛力に加え、何でも噛み砕いてしまう咬筋力。
その素材は高額で取引されるらしい。
「叔父貴!」
フィリアが交渉が終わったのを見計らってこちらに駆け寄ってきた。
「ドワーフのおっちゃんから叔父貴にだって!」
それはこの国でも一二を争う高級な酒だった。
これ一つで金貨60枚はくだらないだろう。
ドワーフは酒にうるさく、大の酒好きで、「ドワーフは利き手で槌を持ち、もう片方の手で酒を持つ」と言われるほどた。
俺がどうするべきだろうと迷っていると、グロブスが呆れたようにため息を吐きながら
「貰ってやれ。普段からお前には魔物の素材を格安で貰ってたから、俺らなりの見返りだろう」
「だが」
俺にとって魔物の怪我や今度持ってくると言ったシルバーベアの毛皮等は言わば食い残し、食べられない部位を売ってるに過ぎない。
金も貰っている。
それなのにこんな高価な物は受け取れない。
「まさか、ドワーフに恥をかかせる気か?」
「··········わかった。ありがとう」
「ふん、それは俺じゃなくてそれを貰った奴に───」
「あ、あとドワーフのおっちゃんがこれを渡す様に言ったのはグロブスのおっちゃんなんだって」
「····················」
「·························なんじゃい」
グロブスはすぐにそっぽを向きながら、何が悪いとでも言いたげだった。
「本当にありがとう」
「あーうっさいわ!とっとと金持ってこっから出てけコノヤロウッ!」
相変わらずグロブスは不器用な男だが、とてもいいドワーフだ。
俺はとても良い男を友人に持った。
「あぁ、じゃあな」
「またなー!」
隣でフィリアが笑顔で手をブンブンと振りながら俺は鍛冶屋を出た。