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8.人食の痕跡

鈴木アカを転移直後に襲おうとしたあの男の、切り取られた腹の肉に唯一気がついたノーバの視点です。

 俺はノーバ。小さな村で麦を育てている。20歳だ。かわいらしい妻と、2歳になる娘と一緒に暮らしている。


 あの日、あの男が死んでから、数日が過ぎた。

 男は森の中の開けた場所で、顔と手足を何度も殴られて死んでいた。遺体の近くには血まみれの石も転がっており、これで殺されたのは間違いなかった。


 ただ、俺は不自然に切り取られた腹の肉がどうしても気にかかった。腹以外の場所は乱暴に石で殴られているのに、ここだけやけに丁寧に、明らかに刃物で切り取った跡が残っている。


 その後村では葬式が行われたが、妻子もおらず、嫌われ者だった男のために泣いたのは年老いた両親だけだった。自分の為に泣いてくれる友もいないあの男を、俺は少し哀れに思った。


 娯楽の少ないこの場所で、男の死は村中の噂になった。

 何やら村の老人たちが集まって話をする、老人会とやらでも話題にのぼったらしいが、身ぐるみ剥がされていたことから近くに出没する盗賊の仕業と結論づけられたそうだ。


 たまたま機嫌が悪い盗賊に出くわして、腹いせに何度も殴りつけられたんだろうとか、持ち物と服を剥ぎ取るついでに殺されたんだろうとか、みんな好き勝手に噂をしている。


 だが、俺はやはりなにかがおかしいと思う。


 第一、どうして腹の肉を切り取る必要があるのか。あの男を殺した証拠として盗賊団のリーダーに献上するためとか?

 いや、だとしたら耳とか首とか、手でもいい。もう少しわかりやすい部分にするだろう。


 あんな風に皮膚をめくって、脂肪をよせて、中の肉を切り取る必要なんてないのだ。ナイフで切り込みを入れて筋肉の筋を切った跡まであった。


 正直、気味が悪い。

 まるで食用の肉を調理するみたいじゃないか。


 丁寧に剥ぎ取られた細かい脂肪は腹の横の地面に小さくまとめて置いてあり、明らかに殺人以外の意図を感じた。


 それがどんな意図かは……気味が悪くて考えたくもないが、なんとなく察しはついている。


 ……食べたのだ。

 あの男は殺を殺した人物は、殺した後で、丁寧に丁寧に腹の肉を切り取って、男を食べたのだ。実際の場面は見ていないから分からないが、きっとそうだ。


 人間が、人間の肉を食べた……


「おえっ」


 俺はたまらず吐きそうになる。


 最悪の気分だ。


 一緒に遺体を見つけた仲間はぐちゃぐちゃになった男の顔を見て怖がって近寄りもしなかったし、村から麦の藁でできたむしろを取ってきて、俺があの男の遺体の上にかけてやった。


 それから他の男たちに手伝うように言って担架に乗せ、男を村まで運んだ。


 顔はぐちゃぐちゃになっていたため、俺は男の両親に見ない方がいい、と言った。それでも父親の方は少し顔にかかったむしろをよけていたが、すぐに元に戻した。


 つまり、男の身体を詳しく見たのは俺だけなのだ。あの不自然なナイフの跡を知っているのは俺だけだ。


 村の老人たちにこのことを話そうとも思ったが、俺みたいな若いやつはいつも馬鹿にされて相手にされない。

 嫌われ者だったあいつの死についてあまり詳しく調べようともしていなかったし、話すのはやめることにした。

 いや、それも本心だがきっと、俺はあの切り取られた腹の肉のことをこれ以上考えたくなかっただけなのだ。


 それから、男を殺したと思われる盗賊を警戒して村の人間たちは山へ行くのを控えるようにした。

 しかし薪はすぐになくなるし、やっぱり少しすればみんな、元のように山へ入るようになったのだった。


 あの男を殺した人物は、俺も盗賊だと思う。あんなに綺麗に下着だけになっていたからな。だけど、盗賊が出没すると言われていたのはもう少し遠い場所じゃなかったっけ……


 俺は、なにやら薄ら寒いような違和感を拭えないまま、農作業に戻っていった。

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