6.神
私は夢を見ていた。
目の前に白い光が見える。
「鈴木アカ、私の声が聞こえていますね」
何やらその光から声が聞こえる。
「私はこの世界の神です。人間と神がこうして話すことは滅多にありませんが、あなたが神と会える状態になっていたので、説明するべきことがあって意識の中に訪問しました」
あれ…これ、なんか大事な話される気がする。
私はただの夢では無いことを理解し、真面目に話を聞き始める。
「あなたがここに来る前、我々神の不手際で時空が歪み、本来繋がるはずの無い2つの世界が繋がってしまいました。偶然にもその時空の歪みの狭間に落ちて、あなたはこの世界に転移してしまったのです」
ああ、やはり。私は異世界転移したんだ。ていうか予想通り神が関わっていたんだな。
転移するならもうちょっとマシなタイミングが良かった。全裸の湯船の中はやめてほしい。
「もう鑑定で理解しているようですが、あなたがこの世界で生きていけるよう、私からギフトを授けました。それと、本来この世界の人間なら生まれつき備わっているはずのスキルもあなたにはありませんでしたから、私があなたの適正を発揮できるスキルを選んで与えました」
スキルも神様からの授かりものだったのね。もう少しかっこいい、攻撃魔法とか欲しかったよー。
「元々我々の不手際ですから、スキルやギフトには優れたものを用意したはずです。あなたは人体に興味があったためなのか分かりませんが、治癒師に必要なスキルに非常に強い適正がありました。私か与えたスキルがあれば、一流以上の治癒師としてやっていけるはずです。あなたはたくさんの人に感謝される存在になれるでしょう。活躍を祈っています」
ほう。治癒師ねえ……あまりピンとこない。確かに人体には興味があるが……それは違う意味な気がする。
「神さま、私が元の世界に戻ることってできるんでしょうか」
私は正直元の世界や家族に未練なんてなかったが、話題を切り替える意味で一応聞いてみる。
「それは残念ながらできません。意図的に時空を歪めることは不可能です。それに、もしもまた不手際で歪んだとしても、あなたの居る場所を狙って、かつ、元いた世界の元の場所に繋がることは無いでしょう」
「そうですか……加えてお聞きしたいんですが、今私がいる所ってどこなんでしょう?飲水と人里を探しているんです。どう歩けばたどり着くか教えてください」
「すみません、あなたは我々神がこの世界に呼び出したのではなく、偶然落ちてきたのであなたが今いる場所は把握できていないのです。」
「えっ」
うーむ。これはまずいな。明日も森の中を彷徨い歩かなきゃいけない。死にたくないなあ。
「私にできたのは、あなたが地上に落ちる前、スキルとギフトを授けることだけでした。そのあと地上に放り出されたあなたの身に起きたことは把握できていないのです。本当に申し訳ありません」
あー、うん、わかったよ。はぁ……
まあ、称号のことが把握されていないのは良かったと言えるか。
しかしこれは、本格的に数日後には死ぬかもしれん。急いで水と人里を探さないとな。
あと武器もない。火も焚いてない。今私は大空の下、フモモ畑に生身で転がっている。動物に食い殺されててもおかしくない。
寝る前の私…火を起こす道具なんて無いし仕方ないとはいえ不用心だなあ。
「神さま、どうしてもっと早く出てきて説明してくれなかったんですか。こういうのってよくある小説のパターンだと、転移前か直後に神さまと話するものじゃないんですか」
「鈴木アカ、本当なら私はあなたとこのタイミングで話すことはありませんでした。あなたが神と会える状態になっているということはつまり、あなたは死にかけています。早く目覚めることを勧めます」
「えっ!?今私、臨死体験してる!?」
「そうです。あまり時間はありません。これで説明するべきことは説明しました。良い人生を」
そう言って神と名乗った白い光は消えていった。
私は急いで目覚めようとする。
「はっ!!」
良かった目覚められた!
その瞬間、私は酷い寒さに襲われる。朝露でびしょ濡れだ。その上、日中は初夏のように暖かかったとはいえ、疲労状態で夜に薄い服1枚で寝ていたのだ。
恐らく低体温症とかだろう。
鑑定しよう。
---ステータス---
【個体名】鈴木 アカ
【年齢】19
【種族】人間
【状態】衰弱
【スキル】治癒 浄化 解毒 成長率増加
【ギフト】鑑定 言語理解 適応 アイテムボックス
【称号】食人鬼
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あー! 衰弱って。急いで全身に意識を集中させて治癒を使用する。全身がじんわり緑色に光った。
もう一度鑑定すると状態は通常に戻っていた。体もぽかぽかしている気がする。
臨死体験までしたので私は不安になって、もう一度治癒を使用しようとする。
「いででででっ!?」
なんだか肉が膨張しようとするような凄まじい痛みに襲われた。急いで治癒の使用を中断する。
なんだこれ……!?
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【状態】過回復
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過回復……
何事もやりすぎはよくないって事なんだろうか。
待てよ。これはもしかして……
「攻撃魔法になりうるのでは!?」
今は途中で中断したが、これを中断しなければ肉が膨張し続けて破裂していたのではないだろうか。
後で検証だな!
もしこれが攻撃魔法として使えるなら武器の問題が一気に解決する。運動音痴の私にとって、身体を動かさずに攻撃できるのはありがたい。
私はゆっくりと起き上がった。
朝露に濡れているためか昨夜よりは薄いフモモの甘い香りがする。
改めて辺りを見回すと、やはり昨夜と同じように黄色いハート型の葉っぱがたくさん見える。
よくもまあ、こんな障害物のない場所に寝転がって動物に喰われなかったものだ。本当に幸運としか言いようがない。
………喉が渇いた。
限界が近かった。私はギラついた目付きで足元のフモモを見る。
朝露……
水だ。
私は無言で朝露に濡れた上着を脱ぐと、浄化を使用し、それによって乾いてしまった上着でフモモ畑の表面を撫で始めた。
上着が絞れるくらい水分を含むまで、黙々とそれを続ける。
そして私は上を向いて、口に向かって上着を絞った。濁った水が垂れてくる。
口に溜まった水に浄化を使用し、パッと水色に光ったのを確認するとそれを飲み込んだ。
たった1口分だった。しかし、水の節約にはなっただろう。水袋の水は残り少ない。
浄化で上着が乾いてしまうのは勿体なかったな。汚れとして認識されるのだろう。
私はまた歩き出した。今度こそ水と人里が見つかることを祈って。