5.検証
私は森の中を歩いている。
当面の方針としては水を探すことと人里を見つけることだ。
だがその前に、歩きながらスキルの検証だ!
まずはこの血みどろの服を綺麗にしよう。
全身に浄化を使うように意識を集中する。
パッと水色に光って、全身の汚れが綺麗さっぱり消え去る。
すげー!!魔法だ!!!
生まれて初めて私は魔法を使ってしまった!!
このパッて光るやつかっこいいー!
次に治癒。少ししか歩いていないが、私の柔らかい足にはすでに傷がついている。布を巻いているだけなんだから当たり前だ。
治癒、と心の中で念じて足に意識を集中させる。
傷のついた箇所がじんわり緑色に光って足の痛みが無くなる。これは凄い…
どうやら魔法だからといって詠唱はいらないみたいだな。
解毒は毒を飲んでいないから使えないし、成長率増加はどうも常時発動っぽいから検証できない。
次、ギフトいこう。検証できるのは鑑定とアイテムボックスだな。自分以外は鑑定していなかったので、足元に見つけた黄色いハート型の葉っぱを鑑定してみる。
鑑定。
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【名称】フモモ
良い匂いのする草
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へえ。摘んでみるとわたあめのような良い匂いがする。不思議だな。さすがファンタジー。
さて、次はお待ちかねのアイテムボックスだ。わくわくするな!
右手上の空間に意識を集中させてアイテムボックスの空間をイメージする。
ん?なにも起こらない。もう一度念じてみる。
やっぱり変わらない。おかしいなと思って先程摘んだフモモを右手の上の辺りに差し込んでみる。
スッ。
わー!フモモの先から半分が消えた!
さらに腕まで差し込んでみる。どんどん消える。うわぁー! 気持ち悪っ!!
手の感覚はちゃんとあるのに、見えない。違和感がすごい……
フモモはなんだか気に入ってしまったのでアイテムボックスから出してそのまま持ち歩くことにする。代わりにナイフ以外の持ち物を全て中に入れた。
アイテムボックスは意識した場所に自由に出現させられるようだった。
そして最後。食人鬼だ。ただの称号ではなく、『食した人間の姿に化けることができる。』という能力が付いている。
あの男の姿に化けられるはずだ。
どうしよう。自分を犯そうとした男だ。私は男に勝ったのだ。男はもういない。もういないのだ。それなのに。きっと化ければ無傷の男が現れてしまうことになる。
あの気持ち悪い男に、私はなるのか?
「いやだな……」
だが、やってみないことには検証にならない。覚悟を決めよう。意識を集中させる。
「はぁ……無理だ」
やはり嫌悪感が強くて上手くいかない。
ああそうだ、何が詠唱みたいな……この能力には名前がないから、名前をつけてあげよう。その名前を口に出して、その勢いで化けるのだ。私は立ち止まって、ベルトと足に巻いた布を外した。
「変身。」
やっぱりこれだな。うん。正義の味方っぽいじゃん……
私はあの男の姿になっていた。視点が少し高くなっている。
おぞましかった。自分が喰った人間の姿になるなんて、なんて能力を得てしまったんだろう。私は変身なんて名前をつけて、自分のおぞましさを少しでも誤魔化したかったのだ。
「ははっ……」
喰った人間の姿になる能力の名前が、正義の味方にあやかった『変身』か。我ながら皮肉だな。
私は直ぐに変身を解きたかったが、ぐっと堪えて検証に入る。
軽く身体を動かしてみた。体重や筋力が変わった感じはしない。見た目だけが変わるハリボテのような感じだ。
「あー、あー、」
声を出してみる。うへぇ……あの気持ち悪い男の声だ。
あいつはグヘヘとかしか言ってなかったから自分があいつの声帯を使うと随分と雰囲気が違うが、間違いなくあの男の声だ。
私は変身を解いた。
変身できるならあの男の靴を持ってきて履けば良かったとか一瞬思ったが、ずっとこの姿のままでいるのは気持ち悪くて耐えられなかった。
それに、もし男の仲間に出会ってしまったらまずい。口調や仕草、記憶は引き継げないからすぐに違和感に気づかれるだろう。
足に布を巻いてベルトをして再び歩きだす。
足が傷ついたら浄化で傷口を綺麗にしてから治癒をする。そうして休憩しながら3時間ほど歩いた頃だろうか。日が傾いてきた。
まずい。水は500mlくらいからさらに半分に減っている。なのにまだ水は見つかっていない。
だが、暗くなる前に拠点を探さなくては。暗い中で動くのは危険だ。
野宿は避けたかったな……
人里を見つけたとしてもあの男が身につけていた服と持ち物で、男が住んでいた村か拠点にしていた場所に当たってしまったらまずいと思って反対方向に歩いてきた。
しかし人里からだいぶ離れていってしまったのかもしれない。
この世界に来ていなかったら今頃、寝ている時間だ。体力も限界に近い。
今の私は完全に遭難者だ……
それからまた歩くと、足元にフモモがよく見られるようになってきた。
それに引き寄せられるように進んでいくと、どんどんわたあめのような匂いが強くなっていく。
すると、急に開けた場所に出た。
そこはフモモの群生地だった。木々の間にぽっかりあいた空間に、ハート型の葉っぱが隙間なく生えている。
夕日に照らされて、それはそれは幻想的な風景だった。
「ああ、もうここ拠点でいいや」
私はフモモ畑の中まで歩いていく。甘い匂いに包まれて何も考えられなくなった私は、バタッと気絶するように眠りに落ちた。